#35 一目惚れの両親 サンプル

#35


本文サンプル

「もちろん素敵な方だったわよ。文句のつけようがないぐらい。ああ、タバコだけはやめるように言っておいて。あれは身体によくないもの」
「結構言ってるんですけどね……なかなかやめてくれません」
 パーティ中はなるべく吸わないように心がけていたようだが、やはり手持ちぶたさもあって数本吸っていたところを夜鶴に目撃されてしまったようだ。これに関しては夜鶴に全面的に同意なので、今後も口をすっぱくして奏に伝えていこう。
 しかしそうなると、悪い話とはなんだ?
「その、素敵なすてきな奏さんとの関係を受け入れるために、ひとつ確認してほしいことがあるの。すでに知っているなら教えてくれるだけでいいわ」
「なんでしょう?」
 調べ物ならば得意だ。それに夜鶴が確認したいことはすでに悠人が知っているかも知れない事柄。だとしたら、楽勝だろう。悪い話でもなんでもない。
 と楽観したのもつかの間。
「奏さんのお父様がどなたか、はっきりさせて頂戴」
 とんでもない難問を突きつけられた。
「……もしかして、俺の父親と同一人物の可能性があるからですか?」
 以前もそんな心配をしていた夜鶴は、悠人が桐沢家の人間とかかわりあうのを酷く拒んだ。悠人の父親は桐沢家の誰かであり、しかも本家の人間である可能性が高いというところまでは聞き出せている。しかし奏に出会ったばかりのころの悠人は夜鶴の忠告をきくことなく、抱えた想いを貫くためにイーストフラットキリサワへの入居を勝手に決めた。
 悠人は桐沢家のものたちとかかわりを持っていくにつれて、キリサワグループを束ねている本家の跡取りである、奏の戸籍上の父親が自分の父親なのではないかと考えていた。
 これが男女間の話ならともかく、自分と奏は男同士。子どもができる心配もなければ、そもそも道徳観を持ち出すことさえ無意味なことだ。しかし夜鶴は強くこだわりを持っていた。
「きちんと奏さんのお父様がどなたかはっきりすれば、それでいいから」
「もし同一人物だったら、反対するんじゃないんですか?」
「そんなことはないわよ。いつか会うかもしれないから、ちゃんと覚悟をしておこうってだけ」
「……それって、いまさらその男と結婚したいとか言い出しませんよね?」
「結婚はいわないけど、もう一回恋をする可能性はあるじゃない? でも、突然会うと本当にびっくりしちゃうから……シミュレーションしておきたいのよ」
 ごまかすように言われてしまったけれど、半分ぐらいは彼女も本気だから困る。この人本当に、まだ悠人の父親である男のことを愛しているらしい。
 正直、いらいらしている。
「ねえ、知らないの? 奏さんのお父様」
「知りません。あまり興味なかったんで」
「じゃあ、知ってそうな人はいないの? いるでしょう、一人ぐらい」
 奏の父親が誰だかを確実に知っている人物を、悠人は二人知っているし、コンタクトもとれる。しかし聞き出すのは用意ではないだろう。彼らの口は重く閉ざされている。しかも、話をしたいと思える相手ではないし、そもそも聞きたいとも思えない。
 奏の父親を知ったところで、悠人には何のメリットもない。
 まだ自分の父親が誰だか知ったほうが有益かもしれないが、それにも興味がなかった。
 確かに奏のパーソナルデータのひとつではあるけれど、本人がこだわりを持っているところではないし、ここまで隠されてきたのだからよい内容ではない気がするのだ。知らなくていいこともときにはあるだろう。
 気にならないといってしまうとうそになるが、積極的に知りたいわけではない。
 だから悠人は胡散臭い笑顔を貼り付けた。
「知りません」
「あー、嘘ついてる顔」
「本当に、知らないんですよ」
「嘘ばっかり。そこまで言うなら私は貴方と奏さんの仲を応援できないわ」
「うっ……それは困ります」
「じゃあ、調べてくれるわよね?」
 知っているであろう人物というのは、まず、奏のことを一番近くでずっと見守ってきた桐沢凌。次に、奏の主治医である二ノ宮。そして、奏の叔父であり育ての親といっても過言ではない、桐沢響。この三人だ。しかし二ノ宮からは聞きだせる自信はない。彼からすると患者の情報になるため守秘義務があるだろうし、そもそも父親が誰だかを知らない可能性もある。
 だから、確実に知っているのは二人ということになる。
「どう考えでも……リスクしかないんですけど……」
 凌を探っても響を探っても、どっちにしろ奏に気づかれたら不信感を抱かれるだろうし、あの二人が簡単に口を割るとも思えない。響のほうは酷く面倒くさいのでできる限り近づきたくないし、身辺の安全も保障できなかった。では最終的に凌が残るわけだが、この男と会話がしたくない。できたとしても、二人きりになる機会など一切ない。奏に不信に思われるばかりに違いない。
 なんにせよ、いまのところリスクしかみえなかった。
「どうして? 貴方もすっきりしない? 奏さんのお父様がわかったら」
「今まで奏さん本人が知らなかったのには、きっとわけがあると思うんです。それを掘り返すのは傷口に塩を塗るのと同じなのではないかと。結果として奏さんを傷つけることになる情報だから、周りが伝えていなかったのでは、ないですかね」
「確かにそれも言えてるけど。奏さんの周りの方々がそういう性格の方ってわかってるのね」
「……ええ、まあ」
「じゃあ……奏さんの周りの方々ではなくて、知ってそうな人を教えるから聞いてきてくれる?」
 悠人の予想が確信に変わる。現時点で奏と関わりがなく、奏の父親について正しい知識を持ち合わせていそうな桐沢家の人間なんて、一人しかいない。
 そう、間違いない。
「それって……もしかして」 
「ええ。貴方の父親よ」
 あんなにかたくなに教えたくないと言っていたのに、あっさり教えてくれそうな夜鶴。
「いいんですか? そんな簡単に教えてくださって」
「いつか悠人が、心から愛する人を紹介してくれたら、私も教えようって思ってたの」
「……え?」
「私ばっかり教えるのずるいじゃない。それにね、息子の好きな子を紹介してもらうための、最終手段にとっておいたのよ」
 今日、奏をつれてきて紹介したことで夜鶴はいくつもの決断をしてくれた。
 斑鳩との関係を切ること。悠人に父親を教えること。そして、悠人と奏の関係を受け入れること。
「夜鶴さん……」
「貴方の最高の幸せのために、そして私の幸せのために、お願い」
 ここまで頼まれてしまっては、仕方がない。
「わかりました。でも、期待はしないでくださいね。がんばって調べてはみます」
「ええ……お願いね」

書き下ろし『一目惚れの父親』より

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