#49 一目惚れ由縁 サンプル

#49


本文サンプル

 とんでもない無茶な仕事を言い渡されて、長期間滞在することになってしまった京都。
 まさか、彼が一緒にきてくれると言いだすとは思わずに、最初は穿った視線で受けとめてしまった。愛して止まないその人は、とにかく優しくて、優しさがすぎてお節介で、頼まれごとに弱い。
 だから今回も、母である新井夜鶴に頼まれたから、ついてきてくれるものだとばかり思っていた。
 しかし実際は違った。
 想い人であり、大切なパートナーである、とまでは認定をもらっている桐沢奏は自らの意志で、とんでもない仕事をこなすことになった悠人についてきてくれた。
 理由はいたってシンプル。
 離れて気にしながらまってるよりも、側にいたほうが楽だから。
 たまらない。もう、本当にたまらない。求めている理想の関係までかなり近いところにきていると思う。
 だからこそ、来てほしくなかった。でも離れたくなかった。
 どちらも悠人のなかに確かに存在した感情で、しかし結局、奏の意志に負けて共に京都ですごすことになった。
 早くて三ヶ月。長くて半年。もしかしたらそれ以上。
 正直にいって、いつ終わるかわからない、先の見えないトンネルを歩いて進むような気分だった。
 そんな状態だったにもかかわらず、奏はよく、黙ってついてきてくれたと思う。
 しかも、あまりにうまく行かずにイライラして理不尽に当たり散らした悠人を、慰めてさえくれた。
「奏さん、すみません、張り切りすぎて……」
「お、まえ……明日、うどん食いに行くって、いっただろ!」
 そんな奏からの精神的にも肉体的にもサポートをうけて仕事を進めていくこと四ヶ月。
 ついに、及第点を得られるまでにこじつけることができた。基礎はこれで十分のはず。あとはもう、煮るなり焼くなり揚げるなり、好きに魔改造すればいいとチームリーダーにもプロジェクトリーダーにも告げた。
「終わったのが嬉しくて、つい」
「まだ後処理残ってんだろ? ここで気ぃ抜いて、しくじるなよ」
「心得てます」
 あとは責任者である男から、誓約書にサインを書かせるだけ。
 これでやっと。やっと、あの男との縁を切ることができる。
 悠人は長年積もっていた憂いの全てを、これで払拭できると完全に浮かれていた。
 約束は週明けの月曜日。そのまえに約束したまま果たせていなかった、悠人オススメのうどんをたべにいこうと話していたのだが、うっかり、浮かれすぎて、やってしまった。
 奏は基本、セックスの最中に意識をトばしたりせず、抱き潰れることもまずない。ただ、悠人が自らの欲望のままに激しく求めると、腰がたたなくなってしまう。
 悠人がねちねちを攻めあげるあいだに、奏は何度も前で後ろで絶頂に追いあげられるため、身体への負荷が重たくなってしまう。
 特にこっち。京都にきてからは、要所ようしょで浮かれて、こんなふうに奏の腰をだめにしている、気がする。
 初日は半露天風呂の非日常感に盛りあがってしまい、それからはどこか最低だとわかっていながらも仕事のストレスをぶつけるようにシてしまい。
 でもなかでも一番酷かったのは、あの、朝だろう。
 京都に来てから二ヶ月。ようやく仕事の見通しをなんとかつけられた日。両肩に重くのし掛かっていた荷物をやっと投げ捨て、開放感に満ちていた。
 お祝いは絶対に、あそこでするんだと決めていた隠れ家的小料理屋の予約をとったそのまま、奏に連絡をいれた。
 しかし定時より少し早く研究所をでようとしたところで、他チームの女研究者につかまってしまう。端的にいうと、お付き合いの申し出だ。丁寧に断ってもよかったが、その女の肩越しにすぐそこの角を曲がってきた奏の姿がめにはいる。
 すぐに状況を察して引き返してくれただけでなく、気づかって悠人がその場を離れやすいように連絡までくれた。
 その、女研究者とのやりとりが、奏の頭の片隅のなにかに、引っかかったのだろう。
 小料理屋から帰ってきてふたり同じベッドに潜り込み、満ち足りた、穏やかな眠りについた。
 翌朝、目覚めたらすぐに気づいた左手薬指の違和感。目が一気に冴えた。添い寝していた奏も、思わずもらした悠人の「え」という声に反応して目を覚まし、まだ覚醒しきらない寝ぼけ眼にプラスして、ちょっと掠れた渇いた喉であんなかわいいことをつぶやかれたら抑えられるわけがなかった。

「あー、それ、余計な雑念を寄せつけずに、仕事がうまくいく、お守りにしとけ」

 ――燃えた。非常に、その朝は燃えた。

書き下ろし『一目惚れの絶縁』より

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