bl novel #01

恋をはじめるタイミング

 オレは大きな過ちを犯したんだと思う。
 なぜ、今まで二十年近くも心の奥底に綺麗に包装紙に包んでしまいこんでいたものを、いまさらになってさらけ出してしまったのだろうか。
 酒のせい……だけでは言い訳がつかない。今までだって、何度も、なんども同じ状態に陥ってきたのだ。
「で? 何があったか教えろよ」
「た、大したことは、なかったよ。ほら、思いっきり飲んだのにまだ飲むって聞かなくて、うちで飲みなおしてそのままつぶれて、それだけだって。いつものことじゃないか」
「んじゃなんで、起きたとき全裸だったんだよ。いつもと一緒じゃねぇだろ」
 何も説明できずに言葉が詰まる。
 ただただじっと黙って、うつむいて、下唇をかみ締めることしかできない。
 思えば昨日は荒れていた。
 今までになく、荒れていた。
 彼がじゃなくて、オレの心が酷く揺さぶられていた。
 だから……酒が入って、こんな事態を巻き起こしてしまったんだ。
「……ごめん」
 それしか言葉が出てこない。
 もしかしたら昨夜のことはさらっと流してくれるかと期待して、半分機嫌をとるために彼の好きなものばかりの朝食を用意してたけど、必要なくなったかな。
「謝れっつってねぇだろ」
「ほんと、ごめん」
「だぁかぁら! もういい、ちょっとお前、こっちこい!」
 それまでソファーでふんぞり返っていた彼が、キッチンまできてオレの腕を掴むと力いっぱい引きずられる。
「ちょっ、何すんだよ!」
「いいから! だまって座れ、んで、ほんとのこと話すまで立つな!」
 弱気で、うじうじしてて、いつだって誰かの後ろにしかいなかったオレを、こんなふうに明るい世界に引っ張り出してくれたのは……彼だった。
 強引で、さっぱりしてて、いつだってみんなの先頭を歩く彼に出会ったのは、小学生のとき。
 転校した先の学校で、人見知りしていたオレをクラスに溶け込ませてくれたあのときから、彼はオレの憧れでヒーローだった。
 大好きだった。
 そのため、好きな子を聞かれれば迷うことなく彼の名前を挙げていて、親には女の子のことだと苦笑されたものだ。
 最初は両親に何を言われているか理解できなかったが、その気持ちが嘘でも冗談でもなんでもなく、本気の恋心だと気づいたのは中学のときだっただろうか。
 しかし一度も打ち明けたことはない。打ち明けるつもりは一切ない。ずっと、自分ひとりで抱えて暖めていくんだと想っていた。
「そろそろお前とは二十年の腐れ縁になるけどな……何回言ったらわかるんだよ! 胸の中にためたもんは、謝る前にちゃんと言え」
 そんな暖めすぎた片想いの幼馴染との腐れ縁は、義務教育を終え、高校・大学とばらばらになっても途絶えることはなく、社会人になった今もこうして続いている。
 一時期、彼のそばにいるのが辛くて離れようと思ったこともあった。
 オレの気持ちなんて知るはずのないこいつが、普通に女性と付き合っている姿を見るのが本当に辛かったんだ。
 でも最近……早く結婚してくれればいいのにと、そうすれば綺麗に諦められると、そんなことばっかり考えていた矢先に――起こった今回の事件。
「……言えないことだって、あるに決まってるだろ? それとも、隠しごと一つもないとでも思ってるとか?」
「それは思ってねぇけど、お前の親よりお前のこと知ってる自覚はある」
「っ!」
 なんで、軽々とそんなこと言っちゃうんだろうか。
 いつもそうだ。
 まるで彼の中でオレが一番と錯覚させるようなことばかり言うんだ。事実、男友達の中では一番近い存在なのかもしれない。だからオレは、その言葉にみっともなくしがみついてしまう。
「つーかお前、言えねぇことしたってことか? あ?」
 鋭いまなざしがオレの心を貫く。
 痛い。
 ずきずき言ってる。
 その痛みを逃がそうと、ぐっと下唇をかみ締めると「こら」と言いながら髪をなでられた。
「別に、いじめてるつもりはねぇんだけど……んな顔、するなって……」
「……ごめん……」
「謝んなっつーの……あー、もー……」
 オレのクセのある髪をなでていた手が、彼の真っ黒い短髪をがしがし掻いている。
「お前、さぁ、俺が起きてすぐに、どんな顔したかわかってんのか?」
「どんな顔……って?」
「俺が今まで一回も見たことねぇ顔してたんだよ。こいつ、こんなもん隠してたのかって思ったら……問い詰めなきゃならねぇって思った」
 それが一体、どんな顔だったのかはわからない。
 今もオレ、その顔してるのかな?
「なぁ、さっきの顔して、俺に言わなきゃいけねぇこと……あるんじゃねーの? 俺が知っとくべきことなんじゃ、ねーの?」
 どこか自信のなさそうな彼の声音が珍しくて、まじまじと見つめてしまう。
 なんだろう。
 なんでなんだろう。
 期待させないでほしいと突っぱねたいのに、そうできない空気が部屋中に充満していて、どんどん息苦しくなる。
 太ももにひじついて、あごを手に乗せて、心底困ったように目を伏せている姿に送る視線が、熱いものに変わっていくのがわかった。
「あ、の……さ。結婚するって、聞いたんだけど……」
「はぁ?」
 がばっと身を起こして目を瞠る彼の視線に、苛立ちがこめられているかと思えば戸惑いだけのようでどこかほっとする。
「秘書課の子達が噂しててさ。ほら、専務の娘さんと付き合ってただろ? 彼女が結婚するって話が出てて……相手がお前だろうって言っててさ」
「……で?」
「だ、だから、その、結婚するのかなって、思って。するなら一番に教えてくれてもいいんじゃないかなぁと、思って」
 そう。
 結婚してくれれば吹っ切れるなんて、できるはずがなかったのだ。
 ちゃんと割り切れる、祝える、むしろそのほうが不毛な恋を終わらせられるからいいなんて大人な考えは……子どものときのまま成長していない心には到底無理は話だった。
 昨日、同僚から聞いたそんな話で大荒れして、酔って、あんなことしてしまったぐらいなのだから。
「言いたいことはとりあえず、それだけか?」
「……う、ん」
「よし。じゃあ、確認すんぞ?」
「え? かくにん?」
「俺が二年も前にあいつと別れたことは、知ってるよな?」
「うん……聞いた」
「そのあと、俺が女と付き合ってるって報告、したか?」
「ううん。もらってない」
「んじゃ、あいつと別れたときにお前と飲んだと思うけど、そのときなんて言ったか覚えてるか?」
「……女はもうこりごり」
「あー、そうだ。あのやろ三股もかけてやがって、そのくせ別れるっつったら俺が悪いことになって、女めんどくせぇったらねぇって、言ったよな?」
 矢継ぎ早に放たれる彼の言葉と同時に、彼の顔がどんどん近づいてきて、身体が自然を後退していく。
 けれど、ソファーの端、肘掛にぶつかったので立ち上がろうとした、刹那。
「もう一個。そんときに……俺がなんつったか、覚えてるか?」
 腕を引っ張られ、逃げられないようにソファーに身体を押し倒された。
「ほ、ほほ、他に?」
 動揺で、言葉がどもってしまう。
 な、なに、この状況。
「ちっ……そっちは覚えてねぇのかよ」
「ご、ごめ」
「謝るなっつってんだろ!」
 上から振ってくる怒鳴り声に、びくっと身体が強張って目をぎゅっと閉じた。
「あー……びびらせたいわけでも、怒ってるわけでも……ねーんだよ」
「え?」
「ただ、お前があんな顔するから……ちったぁ、期待してもいいんじゃねぇのかって、思っただけだ」
 期待……って、なんの、こと?
 閉じていた目を恐る恐る開くとそこに、ほんとうにすぐそこに――彼の男らしい顔が。
「俺が結婚するって聞いたから、昨日あんなに飲んだんじゃ、ねぇの? お前いつもの倍は飲んでたんだぞ? それに付き合って記憶無くした俺もまぁ、悪かったけど……」
 怒鳴ってたのが嘘みたいに、声、すごい優しい。
 さっきまでの硬く鋭いまなざしも、今はどこかへ消えてしまった。
 ただまっすぐに、真剣に、戸惑うオレを映している。
「腰、いてぇんだろ? 歩き方変だし。それなのに、朝飯に俺の好きなハムエッグ作ってたんだろ?」
「……う、ん」
「だったら、お前は昨日あったことをしょーじきに俺に話して、ついでにお前の気持ちも俺にぶちまけちまえばいいんだよ」
「な、なんだよ、それ!」
「そしたら俺が、全部、受け止めるから」
 ぎゅっと、力強く抱きしめる腕が、ほんの少し、本当にほんの少しだけ震えていた。
 緊張してる?
 合わさった胸から伝わってくる鼓動もはやい。
 昨日聞いた鼓動よりも……もっとずっとはやくて、オレもつられてドキドキしそうになる。
「なぁー、言えよ」
「……お前が言っても、いいんじゃないの?」
「俺が言ったら、お前も言うか?」
「ときと、ばあいによる」
「じゃあ今、このときこのばあいだったら?」
 ずっと一人で、誰にも言わず黙って、そぉっと心の奥底で包装紙にくるんで暖めてきた。
 たぶんもう、腐りかけてたんだと思う。
 そんな恋を……いまさら、こんなタイミングではじめてもいいんだろうか。
「お前が言ったことと、同じこと……いうよ」
 勇気を持って、包装紙を破いた箱を差し出した。
 中で腐りかけてるものをもらってくれるのか、それとも他の何かを入れるのか。
 お前の判断に任せるよ。
「じゃあ、幼馴染の腐れ縁じゃなくて、恋人になるか」
「この、タイミングで?」
「おう。どのタイミングだって俺はかまわねぇよ。今後お前以外と付き合う気、なかったし。俺が女と長続きしない理由、お前だってわかってんのか?」
「え?」
「つっても、俺も気づいたの二年前だけどな」
 照れくさそうにそうつぶやいた彼が、そっと箱の中においてくれたもの。
 それは、優しいキスだった。




2014/03/11 サイト公開 | 2012/09/13 配信サイト「BL楽園★小説&ゲーム」様配信開始


 
 
 

 
 
 

 
 
 

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