bl novel #02

らぶりーふぃりんぐ 2/14 01

 女子たちが殺気立っている今日は、俺自身とは無縁のイベントだとばっかり思っていた。
 だからまさか、二月十四日に、男から、しかもよく知った幼馴染から、突然ヴァレンタインチョコをもらうなんて、普通は誰も考えないよな。
 でも、現実に起こってしまった。
「これやる」
「あ? んだ、これ」
「チョコ」
「チョコって……そりゃ見りゃわかるけどよ」
 透明な袋に入っている茶色の物体は、チョコレート以外には見えない。しかし、チョコレートに見えるのは、かろうじてと言ったところか。
 赤や黄色の水玉模様が入ったアルミカップに入れられた、一度溶かされたであろうチョコレート。ふりかかっているのは多分、ココアパウダー、かな。形や色を誤魔化すのにはちょうどいい代物。ということは、この物体は生チョコという判断をするべきなのか。
「お前、好きじゃん。チョコ」
「まあ、好きだけど」
「今日せっかくチョコの日なのに一個ももらえなかったらチョコ好きなのに悲しいだろうなと思ってわざわざオレが持ってきてやったんだ喜べよ」
 早口で畳み掛けるようにそう言った幼馴染の頬はうっすら染まっていて、変に胸がざわついた。
「……なぁ、タカ」
「見た目まずそうかもしんねぇけど味は保障すっから。保証人はオレな。だから、安心してもらっとけって。な?」
「わざわざ持ってきてもらってわりぃんだけど、俺、今日、他にもチョコもらってるし」
 俺が女子にもらえないような口ぶりだったので、思わず反論が出た。
 毎年お前よりもらってるっつーの。
「そ……う、だよな」
 とたんに、傷ついた顔をする。
 あーあ、やっぱりそうきたか。
 苛めてるつもりは一切ないけど、最近とことん情緒不安定なこいつならこうなると予想はついてた。でもあえて、俺は傷つく言葉を口にする。
 高校二年になってクラス離れてからは、ずっとこんな調子だ。
 俺は周りの友人から指摘されるぐらい、今目の前にいる幼馴染を言葉で傷つけてきた。
 理由はある。無意味にそんなことするような、Sっぽい趣味はない。
 こいつの……貴行の目が変わったからだ。
「靖樹はモテるもんな……」
「まあな。お前よりはな」
 俺たちはそれこそ、生まれたときから一緒だった。隣人同士で仲のよかった俺んちと貴行んちはそれこそ家族ぐるみの付き合いだ。元々地元だった貴行んちが、引っ越してきてお隣さんになったうちと仲良くしてくれて、両親が親友に。んで、そんな中俺と貴行が生まれてきた。おんなじ病院で、一日違いで。変な縁だ。俺が一日遅い。
 だから昔から、貴行と俺は幼馴染どころじゃなく兄弟のように育った。俺は一人っ子だから、自分が兄弟になってやるんだ! ぐらいには思ってるに違いない。
 俺だって、こいつのことは弟みたいに思ってる。まあ、そこは貴行からすると気にいらないだろうけど。自分のほうが一日早いー、とかなんとか昔はよく言ってたな。
「……変なもん押し付けて、悪かったな」
 絶対に俺が受け取らない姿勢を見せているからか、うつむいたまま手を引っ込めてしまった。
 あー、うぜぇな……まじで。
「つーかそれ、もしかしてゆきねぇの?」
 こいつの目が変わったのは、二年に上がってしばらくして、ゆきねぇこと貴行の姉ちゃんに彼氏ができたときだった。
 それまで気持ち悪いぐらい同じだった俺とのクラスが初めて離れ、ほぼ同時に大好きなゆきねぇに恋人ができたことは、貴行の変なスイッチをいれてしまったらしい。
 貴行は家族が好きで好きでしかた無い。
 姉貴も弟がわりの俺も、全部自分とずっと一緒だと思ってたんだろ?
 んなわけあるか、ばーか。
 それがまあ、この高校二年でいっぺんにきたもんだから、遅れすぎの反抗期はくるし、常に情緒不安定だしで、まじ、うざい。
 貴行のそんな現状を、どうにかしてやることが俺にはできる。でもそれって、俺がどうにかしてやるべきことなのか? と、悩みぬいてうんヶ月。
 いい加減、疲れてきたな。
「え?」
「だって、ゆきねぇ彼氏できたから作ったんだろ? その失敗作とかじゃねーのかよ」
 貴行の目が変わってから、俺は散々悩んだ。
 貴行みたいに、自分の気持ちがわかんねぇなんてことはないから、とりあえず自分と向き合った。
 んで、俺の答えは意外と簡単にでた。
 でも問題は貴行だ。
 考えてなさすぎんだよ。こいつは。バカでも自分の気持ちと向き合うぐらいできんだろうが。その場の勢いでただ寂しがって、そんな目で見てくるんじゃ、見られてるこっちが迷惑なんだよ。
「ならもらっとく。お前も毒見してあるっつったし、ゆきねぇからのは毎年もらってるしな」
「いや、これは……違くて」
 寂しさの理由は自分で見つけろ。
 姉貴が彼氏にとられて、弟分が違うクラスになって他の友達と楽しそうにしてるのが、どうして寂しいのかちゃんと自分で決着をつけろ。
 そう思って、俺はわざと突き放した。
 傷つけるような言葉を何回も言った。
 言ってるこっちだって、いちいち傷ついた顔されるから結構辛いんだっつーの。
 それでもこいつはこのうんヶ月、はっきりとした答えをださなかった。
「じゃあ、なんなんだよ」
 いい加減、そんな貴行を見てるのが疲れた。
 イライラしすぎた。
 俺ばっかり、お前の視線に振り回されてるなんて……考えただけでむかつくんだよ。
「これ、は……オレが、作った」
「はぁ? お前が? なんで」
 早く答えをだせよ。
 んで、さっさと俺に言っちまえよ。
 俺はずっと待ってんだよ。ちゃんと自分の答えは出して、お前の気持ちがはっきりするのを待ってんだよっ。
「……ヴァレンタイン、だから」
「なんでヴァレンタインにお前がチョコを俺に作るんだ? お前、男だろ」
 だから、こんな日にチョコ作って持ってきたなんて、やっとはっきりした答えが貴行の口から紡がれそうで、俺は少し期待してた。
 でも、あっさり期待は砕かれる。
「と、……友、チョコ……?」
「………………………は?」
 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。でも、それが何度も脳内で反芻すると、さすがに俺の思考はぐるっと回って理解してくれた。
 この期に及んで、んだそりゃっ!
「て……てめぇ、ふざけんじゃねーぞっ!」
「えっ」
 さすがにぶちギレた俺の声は廊下に響きまくって、放課後残ってた生徒がちらちらこちらをみてくる。でも、俺にはそんな周りを気にしている余裕はまったくなくて、罵声が止まらない。
「いい加減にしろよなっ! このタイミングでその答えはねぇだろうがっ! ばかじゃねーの! お前からの友チョコなんていらねぇよっ! 今更なんだ、気持ちわりぃなっ!」
「っ……わ、悪かったな! 気持ち悪くてっ!」
 きゅっと下唇を噛み締めて、涙目の貴行が上目遣いににらみつけてくる。
 ……なんだその、反則技は。
 そんな顔されたら、俺から言っちまうだろ。
「なあ、タカ。本当にそれ、友チョコでいいのか?」
「……え?」
「友チョコでも義理チョコでもねぇなら、受け取ってやってもいいけど」
「……や、すき……?」
 目を丸くした貴行の涙を指で拭ってやると、タコみたいに真っ赤に染まる頬。
 そして、そっと差し出されるチョコらしきもの。
「……義理チョコでも、友チョコでもないから」
 貴行の出した答えを、俺は照れ隠しにそっぽを向きながら受け取った。
「じゃあ、来月、三倍で返してやるよ」
「ほんとか? オレ映画行きたい」
「お前……それが目的じゃ、ないよな?」
「ち、ちげーよ!」

 はたしてホワイトデーはどうなることやら。
 思わず大きなため息をついてしまったけれど……俺の胸の中は、暖かいものでいっぱいだった。