bl novel #03

廃墟マニアの恋のお相手

 俺は真性のゲイで生まれてから二十七年、同性にしか心をときめかせたことはない。
 そんな俺みたいな変わった性癖のヤツもいるかと思えば、広い世間様にはもっといろんな人がいて、人間じゃない相手に恋のような気持ちを抱える人もいるらしい。
 実のところ、今、付き合っている人がその人種だ。
 なぜ俺と付き合っているのか不思議でしょうがない。
 あ、いや、最近理由がなんとなくわかってしまって、ちょっとだけ落ち込んでいるのだが……。
「あんまり外にいると寒いよ。中、入れば?」
「うん。あと、もうちょっと」
 うちのベランダから工業団地が見下ろせる。彼とこんな関係になるまで一切意識したことはなかったが、彼らのような人たちの間ではとにかく「やばい」らしい。
 工業地帯の夜景に彼は心底胸をときめかせている。
 殺伐とした雰囲気をかもし出す建物を愛している、いわゆる廃墟マニアというヤツだ。多くは工業好きと廃墟好きは別々に住んでいるらしいが、彼はどちらも同居させている。やや廃墟好きのほうが部屋が広いように感じるが、工業地帯も大好きだ。
 そのため、なんと付き合って半年で、デートした先は全てその手の場所だったりする。
 廃校や廃ビルはもちろん、背筋の凍った廃病院、人が寄り付かなくなって蔦の絡んだ洋館、ステンドグラスだけが煌々と輝く廃教会など。ホラースポットと言ってしまいたくなるような箇所ばかり。
 今までに訪れた場所を一応携帯のカメラで撮影したが、かなりの数の廃墟たちに出会っている。
 最近なれてきたが、最初は目を点にして戸惑うばかりだった。
 でもまぁ……彼が一番いい顔するのが廃墟の前なんだから、しょうがない。
「泊まってくだろ?」
「んー」
 なんか今日は心ここにあらずだな。
 仕事を終えてから唐突にやってきた彼は、部屋に入るなりベランダへ直行してへばりつくこと数時間。
 俺は放っておかれて寂しいが、満足するまであの場所にいたらいいとも思う。
「よかったら明日でかけないか? なんか横須賀のほうに面白い無人島があるらしくってさ」
「んー……」
 あれ? 食いついてこないな。
 このところ仕事忙しいって言ってたし、元気でるように喜びそうな場所を一生懸命リサーチしたんだけど……これはちょっとショックだ。
「先に風呂入っちゃうぞ? そこそこにして、風邪引く前に切り上げろよ」
「うん」
 なんかイヤなことでもあったのだろう。ココの夜景見てると癒されるって言ってたし。
 できたら、俺で癒されてほしいって言うのが本音だけどさ。ははは。
 まあそもそも、出会いからして笑える状態だったんだから、あきらめろって話だ。
 住んでいるマンションの前でうろうろしてた彼は、正直どストライクで好みだった。
 しかし俺もまあ、いい歳だしそれなりに経験してきてるので、下心を隠してそれとなーく声をかけたんだ。

   *   *   *

「友達でも住んでるんですか?」
「ううん。住んでない」
 どこか舌ったらずな口調に上気した頬が、酒に酔っていることを教えてくれた。
「ここからあの子たちをみたら、きっと素敵だろうと思ったんだ……だから、屋上とかに上れないかなって、思って。でもオートロックさんが許してくれなくて」
「あの子たち?」
「そう。向こうの子たち。こんな時間なのにライト出して一生懸命働いてる。あれみたら、おれもがんばれるかなって思ったんだ」
 何かいやなことでもあったのだろうか。
 工場地帯の方向をまっすぐに見つめる彼のまなざしは憂いに帯び、どこか潤んでいて、美しさを感じると同時に劣情を伝えてきた。
 面白い子だな。
 触ってみたい。
「俺んち、最上階の二つ下だけど、ベランダから見えますよ? よかったら、あがりますか?」
 俺にしてみたら明らかなナンパだったが、瞬時に目を輝かせた彼はものすごい勢いで食いついてきた。
「うん! いく! 行きたい! お邪魔します!」
「あ、ああ……はい。どうぞ」

   *   *   *

 その日、工業地帯の夜景に興奮した彼があんまりにかわいくて、思わずそのまま押し倒してしまった。
 嫌がられも抵抗もせず、受け入れられてしまったので、それから付き合っている。
 ……と、思う。
 身体の関係も普通にあるし、先日、これまたさりげなく渡した合鍵も受けってもらえたし、恋人と思っていいんだよな。
 独りよがりじゃないと思いたいが。
「あれには、勝てないんだよなぁ」
 この家にくる理由はいまだに、俺に会うんじゃなくて工業地帯との時間のため。
 勝てないのはわかっていても、男としてプライドが傷つくっつーか、なんていうか。
 もやもやした気持ちを吹き飛ばそうと、熱いシャワーを頭からかぶっていたら。
 コンコン。
「ん? どーした?」
 控えめに浴室のドアがたたかれる。向こう側にいるのは彼しかいないので声をかけるが、返事がない。
 不審に思ってシャワーを止めてからドアを開けると、突然、服を着たままの彼が全裸の俺に抱きついてきた。
「わっ、ちょっ、濡れるぞ!」
「……へん」
「え?」
「変なんだ」
「なにが?」
 ぎゅっと抱きつく腕に力がこめられる。
 すっかり冷え切っているじゃないか。だから早めに切り上げろって言ったのに。
「こっちのほうが、癒される。どきどきする」
「……こっちって?」
「最近、あの子たち見ても、好きな写真見ても、わくわくしないんだ。お前にぎゅってしてたほうが、わくわくするし、どきどきするし、癒される」
「っ!」
 え? うそ……。
「なんでかな? おれ、あの子たちのこと嫌いになったのかな?」
 こんなことって……あるのか。
「それは、たぶん、廃墟とか工場のことが嫌いになったんじゃなくて……」
「なくて?」
「廃墟たち以上に、俺のこと好きになってくれたんじゃない?」
 うわ。
 自分で言ってて恥ずかしいわ。
 いやでも、ここはちゃんと押しておかないと。
 こんなチャンス、二度と来ないかもしれないし!
「……そうなの、かな」
「いつぐらいから、そうなった?」
「鍵もらってから」
「……ふーん、そうなんだ。鍵、うれしかった?」
「うん。だって、この部屋にいつでも入れるんだから、いつでもあの子たちに会えるしって思ったら、すごいうれしかった。でも……なんか、違った。一番どきどきしたときと同じどきどきは、あの子たち見てるときじゃなくて、お前見てるときだった。だから、変なんだ」
「変じゃない。ぜーんぜん、変じゃない」
 どうやら、彼の恋のお相手に正式に任命してもらったらしい。
 俺、悩むことなくなったな。
 ほっと胸をなでおろしながら、ひとつこんな提案をしてみる。
「明日は、無人島やめて映画でも行く?」
「え……やだ。無人島がいい」
「……あ、そう。じゃあ、無人島にしよう、か」

 残念ながら普通のデートまでの道のりは、まだまだ遠そうだ。

 まぁ、いっか。

 普通なんてつまらないもんな。
 それに、これが俺たちの普通のデート、なんだもんな。




2012/07/30 サイト公開


 
 
 

 
 
 

 
 
 

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