bl novel #05

いじわるな保険医の攻略法 01

 入学式にぴったりとあわせたかのように咲いた桜並木に歓迎されながら、はやる気持ちを抑えつける。
 やっと。やっとここまで追いかけてこられた。
 泣き虫な自分のせいで愛想をつかされて、逃げられてしまった大好きな人を捕まえるには、もうこの方法しかない。
 きっと嫌な顔をされるだろう。それでも、あの日、別れ際に頭を撫でながら言われたあの言葉の真意を確かめるために、追いかけることを誓った。

 ――ごめんな……弥生。

 謝ってほしかったわけじゃない。行かないでほしかっただけ。
 でも、どうせおいかけたって足蹴にされるだけだと思っていた幼い日の自分には、たったそれだけのことが衝撃的で、その一言と浮かべていた複雑な表情が今も脳裏に鮮明に焼きついている。
「もう、泣いて蓮にぃのことを困らせません。だから、どうか、蓮にぃに会って、話ができますように」
 彼が目の前から去ってから五年、泣き虫だった自分に別れを告げて、確かな決意を胸にここへやってきた桂木弥生は、これから三年間をすごす高校の校舎を見上げる。
 桜の花びらはそんな弥生を歓迎するように、はらはらと可憐に舞って見せた。
 よし、と改めて気合いを入れてから入学式会場に向かい、退屈な式を終えて教室に入るころには、そわそわしてしかたがなかった。
 でもちゃんとやるべきことを終えてから会いにいかないと、何を言われるかわかったものじゃない。
 教室では一番浮いた存在になってしまったけれど、それも覚悟済みだ。友達ができなくたっていい。ここには、たった一人会いたい人がいる。
「それじゃ、明日は教科書販売とかあるから、プリントによく目ぇ通しておくように。以上」
 担任がそう告げるとすくっと立ち上がって教室を飛び出す。走っちゃいけないとわかっていたけれど、弥生は一階の一番端に位置する一室を目指して階段を駆け下りた。
 早く。早く。
 さすがに五階から一気に下りると息切れをしてしまったが、それどころじゃない。
 五年ぶりに、会えるのだ。
 肩で荒い呼吸を繰り返しながら、待ち焦がれた相手との再会を閉ざしている扉に手をかける。
 この向こうに――ずっと会いたくて、会いたくて、会いたくてたまらなかった彼が、いるんだ。
 勢いよく開け放った引き戸の先に広がる真っ白で清潔感に溢れる部屋。その一番窓際においてある机に向かう背中は、白衣。
「はいよ。どうしたー?」
 久しぶりに聞いたその声は、あの日のものと一つも変わっていなかった。むしろ、ちょっと優しげだろうか。それはきっと、来訪者が自分だと気づいていないからだ。
 高くもなく、低くもなく、耳になじむ彼の声に胸が高鳴る。
「始まって早々怪我でも……って、お、まえ……」
 ゆっくりと振り返った大きな背中。少しずつ自分の姿を確認して、見開かれる切れ長の目。弥生が知っている彼よりもずっと、男らしく見えるのは年齢のせいだろうか。あのときはまだ残っていたはずの幼さは見る影もなく、ラフなシャギーの入った耳を隠すナチュラルブラウンの髪型がより大人の男を演出していた。
 加えて、この白衣姿だ。
 たまらずに生唾を飲み込んでしまう。
 たくさん想像したけど、その想像なんて遥かに凌駕するほど、彼はかっこよかった。
「やよい……?」
「うん。そう。オレだよ。久しぶり、蓮にぃ」
「お前の兄貴になった覚えはねぇっつってんだろ」
 ドキドキして暖かさを伝えていた胸が、一変して痛みを発生させる。
 やっぱり、先ほどまで優しさを含んでいた声は冷たくなってしまった。それは仕方がない。顔も見たくなかったはずだから、これぐらいは覚悟していた。でもやっぱり、この一言は辛い。
 昔はこれを言われるたびに、びーびー泣いてしまっていた。
 しかし、もう、弥生は高校生。今年で十六歳になる。こんなことでへこたれないし、泣きもしない。
 むしろ一度瞼を閉じてしっかりと彼からの言葉を受け受け取ると、ぱっちり二重で大きく見える目を開いてまっすぐに大好きな人をとらえる。
「蓮にぃが、そう思ってくれてなくても、オレにとっては蓮にぃは兄貴だよ」
「なっ!」
「大好きな大好きな、にぃちゃんなんだ。だから、会いにきた。追っかけてきた!」
「……弥生」
 蓮は眉間にシワを寄せて訝しげに睨み付けてくる。が、負けない。睨み返すぐらいの勢いで決してまなざしは逸らさない。
「つーか、何でお前は、女子の制服着てるんだ!」
「え? だって蓮にぃ、男のガキ嫌いだろ? すぐ泣くガキから卒業するのはがんばったけど、オレ、さすがに男やめられなかったから、見た目だけでも女子になろうと思って。そうしたら、蓮にぃ、ちょっとはオレのこと見てくれるんじゃなかって思ったんだ」
 当たり前のようににっこり笑ってそう言い放った弥生を、蓮は頬を引きつらせながらまじまじと見ていた。