bl novel #07

きみにゼロ円スマイル 01

 今日は何の変哲もない平日の夜で、店内の客足もそこそこと言ったところ。
 客席の掃除からカウンターの中に戻ったオレは、すっかりしおしおになっているポテトを見つけてため息をついた。
 あんなに、時間には気をつけてと言ったのになぁ。
 多く作りすぎてしまうのは、仕方がないと思う。さっきまで結構混雑してたし、加減を覚えるのは難しい。さらに言えば、今週のクーポンでポテトのLサイズがお買い得だ。今日揚げ場を担当してるのが誰だったかな、と思い出してすぐにピンとくる。
 バイトを始めてまだ一週間の高校生だ。
「……まぁ、仕方ないか」
 ただ、これはよくない。
「タイムアウトだからドロップするよー」
「あ、すんませーん」
 オレの声を聞いて、奥にいたバイトくんが駆け寄ってくる。しかし自分でやろうとはまったくしない。ただぼーっとそこに立っているだけ。オレがやるだろうと思って眺めてる。違うでしょ? すいませんって言いながらすぐやります、ってオレから奪い取ってやらないと。謝ってるのも口だけなのがありありとしてるし。
 彼はここ数日のオレの頭痛の種だ。
 そういえば、カウンターにいたはずの女の子が一人足りないなと思ったけど、裏の倉庫で彼と話をしていたらしい。んー……いくら今が暇だからっつってもな、さすがに見逃してやれないか。
「タイマー鳴ってたよね? どうしてすぐにドロップしなかったの?」
「いや、タイマー気づかなかったっす」
「じゃあ誰が、あのやかましいのを止めたの? あれは止めない限りなり続けてるけど」
「前の人じゃないっすか?」
 昨日までは、それじゃ次からはこうしてね、ああしてね、と比較的穏やかに対応してあげていたが、もうだめだ。さすがに仏の顔も三度までだぞ。
 オレはにっこりと笑顔を貼り付けたまま、カウンターの上を拭いている女の子に声をかける。
「ねえ、ポテトのタイマー止めた?」
 タイマーが鳴ったときにいたメンバーと、今ここにいるメンバーは変わりないはず。だから、誰が止めたかは全員に話を聞けばわかることだ。
「え? い、いえ。私はお客様の対応してました」
「じゃあ、鳴ったのは聞いたんだね?」
 追求し始めたオレを見下ろすバイト君の顔色が、みるみるうちに青くなっていく。まさか、犯人探しをするとは思っていなかったのだろう。
 昨日までのオレの態度を考えれば、次から気をつけてという注意だけで終わると踏んでいたに違いない。残念。そうは問屋がおろさない。
「彼女じゃないってさ。そうしたら、もう一人の子はどこだ? スルーのブースかな」
 わざとらしくドライブスルーのブースを覗き込むが、もちろんそこには誰もいない。今ごろオレの声が聞こえていれば、慌てて倉庫で何かやっているふりをしているだろう。
「かよちゃーん、ちょっといいかな?」
 カウンターにお客さまがいないことを確認してから、少しだけ大きな声で呼ぶ。これで十分聞こえるはずだ。
「資材やってくれてるところ、ごめんね。ちょっと聞きたいんだけど、ポテトのタイマー切った?」
 あくまで穏やかそうなにこにこ笑顔を貼り付けて問いかけると、もう一年以上働いてくれてるバイトのかよちゃんは、少々瞳を泳がせてかぶりを振った。動揺の理由は、もちろんオレ。
 この笑顔がオレの怒りをあらわしていることを彼女は知っている。
「そっか。しかしおかしいね。誰も消してないし、鳴ったのを聞いた人がいるのに君は気づかなかった。ということは勝手に止まったってことかな?」
 バイト君は右に左に視線を動かしながら、もじもじと何かを言いたそうにしているが言えずにいる。
 なーんでこう、現代っ子は素直に謝れないのかね。一言、すいませんでしたって言えばさ、ぜんぜん変わってくるわけよ。
「ありえないんだけどなぁ……おれもうそろそろ八年働いてる古株だけど、そんなこと聞いたこともないなぁ」
 そうしたら、こんなイヤミだって言わなくてすむのに。
 新しいポテトを油に落としながら、オレはいつまでもそこに残ってるかよちゃんを仕事に戻して、バイト君の出方を待った。
 しかしバイト君、一切反応なし。そのまま黙ってればことが終わると思っているのか、黙秘権を行使。
 あーやだやだ。よくいるタイプだよ、これ。でさ、後で休憩室とかで「まじあいつうぜぇ」とか言ってるんでしょうよ。いいけどさ。うざくて。それがお局の仕事だからね。
「鈴木くん、多く作りすぎたのも仕方がないし、タイマーが聞こえなかったっていうならそれも仕方がないと思うけど、じゃあタイマーが聞こえなくなるぐらい何をしていたの? 今だってそう。さっき後ろから来たけど、君の今日の仕事はフライヤーだよね? 洗い物もまだやらせてないはずだけど、どうして後ろにいたの?」
 本格的に説教を開始しようとした、まさにそのとき。
 プップップッと耳元で鳴り響いたすっかり馴染みの電子音に、頭上のモニターを確認するとドライブスルーに車が一台滑り込んできた。カウンターにはお客さまが二組。今日、ドライブスルーを担当している子はかよちゃんだけど、接客中。
「スルーとるよー」
 仕方なく、鈴木くんを開放してあげてオレはドライブスルーのお客さまの応対をした。
「いらっしゃいませ。期間限定、タルタルチキン南蛮バーガーはいかがですか?」
「ちっ……就職できなくてフリーターやってるヤツが、えらそうに……」
 そんなオレの背中に聞こえてきたかなり酷い暴言に、思わず頬を引きつらせそうになる。客の対応してなかったら、掴みかかってたかもしれない。
 んだとこらっ! 人が接客してるからって、言いたいこといいやがってっ!
 胸中で悪態を吐き出しながら、しかし事実だよなぁと落ち込んだ自分を見つけた。ニートよりまし、が最近の自分の合い言葉だ。低給料のアルバイターだけどな、税金だって年金だって払ってんだぞ。親の脛かじって学校行かせてもらって、バイトで稼いだ金はみんな遊んじゃうお前とは違うんだよ。オレも高校生のときはバイト代全部遊んでたけどさ。
 って、今は接客せっきゃく。
「ご注文お決まりでしたら、お願いします」
 ヘッドフォンの向こう側から聞こえてくるはずの注文に耳を傾けながら、オレはドライブスルーブースの小窓を開ける。
『……と、……で……を』
 ん? なんだって? 何か言ってるみたいだけど。
「お客様、申し訳ございません、もう少々大きな声でおっしゃっていただけますか?」
 角が立たないようになるべく柔らかい口調で伝えるが、どうも相手の声が聞こえにくい。やけに声が遠くから聞こえる気がする。
 長年の経験から考えて、ここまで声が聞こえないのは左ハンドルのお客さまのときが多い。モニターをもう一度確認してみると、海外メーカーの車に、見えるような気もする。そんなに車には詳しくないから定かではないけど。
「お客さま、よろしければ前でご注文承りますのでお車そのまま前へお願いいたします」
 もし外国人のお客さまだったらいけないので、英語でも同じ内容を伝えると、全てのアナウンスを聞き終えて車が動き出した。
 後続している車はいないし、外国人のお客さまで時間がかかってしまっても大丈夫だ。オレは比較的英語は得意なほうなので問題ない。
 スルーブースに滑り込んできた車を見て、やっぱり外車だったと納得。オレでも知ってる超有名な高級車だ。色は白で、外灯が反射するぐらいピッカピカ。これ、黒塗りだったら迫力あるだろうな。
「いらっしゃいませ」
 すっかりそうすることが当たり前になってしまった、得意のゼロ円スマイルでメニューを広げると、予想に反して運転手は外国人ではなかった。
 ぱっと見ただけで男のオレでも納得するぐらい男前。彫りも深くて鼻筋も通ってるけれど、まず間違いなく日本人だろう。英語使って損したなと感じたと同時に、ちょっと恥ずかしくて頬が熱くなるのを感じた。お客様と視線を合わせるために少し屈んでみたら、はっきりと視線が交わってなぜかドキッとする。
 威厳を感じさせる一重の鋭い目は少々怖いが、じっくりみるとその整った顔立ちがより伝わってきた。
「期間限定、タルタルチキン南蛮バーガーはいかがですか?」
「気になったのだが、そのタルタルチキン南蛮バーガーとは何だ? 何が入っている?」
「っ!」
 うわっ! な、なななっ、なんだこの人の声っ。
 ふっつーのこと言ってるだけなのに、低すぎず高すぎずやけに耳に馴染むし、なんかぞくぞくする。全身に鳥肌が走った。タルタルとか、ちょっと間抜けに聞こえる単語も妙にかっこよく聞こえたし。