bl novel #10

本を読む人。

 その公園の片隅に設置された木陰のベンチには、厚い本を手に一人の男性が毎日やってくる。雨でも降らない限り、本当に毎日だ。
 不思議なもので、彼がやってくる時間は必ずベンチが空いていた。もちろん、無理矢理奪うとか物騒なことをしているわけではない。
 なぜだか、必ず、あの木陰のベンチが空席なのだ。
「すみません、ホットコーヒーを」
「はい。二五〇円です」
 オレはいつもここで、彼の読書の相棒であるコーヒーを売り、二五〇円受けとって、ほぼ指定席となっているあそこへむかう背中を見送る。
 背もたれとふれ合うあたりには複数のシワがよっていて、少々だらしなく見えるスーツ姿は、間違いなく営業職ではないだろう。夏はこれからだが、ネクタイも見たことはない。私服も見たことがない。
 だいたい十二時にやってきて、だいたい一時に帰るところをみると、たぶん昼休みの息抜きに公園に足を運んでいるに違いない。あたりは高層ビルが建ち並ぶオフィス街だ。そこに憩いの場になるようにと作られたこの公園は、持参の弁当を広げるOLや営業に向かうサラリーマン、近隣店舗などから休憩に来たものなどなど、目的通りの役割を果たしているといえるだろう。
 しかし、顔ぶれは変わるもの。半年も同じ時間に現れて、コーヒーを買って、コンビニのサンドウィッチ片手に本を読んでいるのは、彼だけだ。
 いつも内向きがちだから、どんな顔をしているのかはっきり見たことはない。特徴は眼鏡をかけているぐらいだろうか。あと、心配になるぐらい色白だ。
 間違いなく、内勤だろう。
 分厚い本は、一度だけそのタイトルを確認できたことがあるけれど、読めなかった。英語しか書いてなかった。あとで調べてみたけれど、あれはペーパーバックって呼ばれてるやつで。つまり、洋書だ。外国の本だ。
 さすが、大都会ど真ん中のオフィス街なだけはある。
 あの本の中身は、たぶん英語がびっしり書かれているだろうに、首をかしげることなく、眉間にしわを寄せることもなく、すらすらとページをめくっているのだから恐ろしい。
 そんな姿を毎日見つめること、半年。
 すっかり日常に溶けこんだ彼の姿は、オレに変わらない毎日の安堵感さえ与えてくれるようになっていた。
 ――いや。安堵だけじゃない。
 あのなんでもない本を読んでいるだけの姿の中に、ちょっとした変化を見つけることが、日課となり、オレの癒やしになっていた。
 最初に発見したのは、眉間のシワ。
 落ち葉が散らばるベンチを払ってから座ったあと、読書に真剣になったためコーヒーの存在を忘れていたに違いない。一口含んだそれは冷めてまずかったのだろう。
 珍しく上がった顔の浮かんだ表情は嫌悪。そして眉間に盛大なシワがよっていた。こっそり盗み見ていたオレは、吹き出すのを我慢するのに苦労したほどだ。
 それから、寒い時期にコーヒーは放置しなくなった。
 これから暑い季節に移り変わっていくと、アイスコーヒーになるんだろうか。それでも変わらずにホットコーヒーなんだろうか。違いを発見するのも、違わない日常が待っていることも、楽しみで仕方がない。
 次に発見したのは、ときどき鼻をすすっていること。
 本の内容に感銘を受けてか、展開がつらいのか、涙をぬぐうように眼鏡の下にハンカチを差し入れて拭いたあと、二回鼻をすする。それにあわせて、肩が揺れる。
 初めて見たときはびっくりした。どこか体調が悪いのかと思って、売店内においてあるブランケットをもって思わず近寄ってしまったぐらいだ。
 ――大丈夫ですか!
 我ながら、必死だったな。
 小説に真剣でオレが近づいたことさえ気づかなかったけれど、さすがに声をかけたら気づいてくれて、少し言葉を交わした。見た目を疑わない、ぼそぼそしゃべりで声も小さいかった。まあ、泣いてるところみられて恥ずかしかったってのもあるんだろうけど。
 ちなみにその後、気温が低い日にはコーヒーと一緒にブランケットを差し出すのが日課となった。
 今日も渡したので使っている。腰のあたりにまで巻けるように、大きなブランケットを購入して彼ようにわざわざ持ってきていることは秘密だ。
 そして最近発見した一番の変化は。
「あ……」
 こんなふうに、ときどき、目が合う。
 オレは仕事の手が空くと公園内を観察するのが趣味だし、仕事の一環なのでよくあたりを見渡している。その中で、もちろん彼のことも見る。
 そのとき、彼と目が合うようになったのはごくごく最近のこと。足音がなく視線を感じるなと思うと、だいたい彼だ。目が合うとすぐに反らされてしまうので、気づかれたくないことのだろうと思うが、なにか言いたいこととか用事があるなら言ってくれればいいのに。
 一時間はあっという間にすぎて、そろそろ一時をすぎようとしている。彼はいつも通りのんびりと立ち上がって、まず丁寧にブランケットをたたみ、ゴミを全てコンビニ袋につっこみ、忘れずに本を持つとこちらへ――
 って、ちょっと待て。本がベンチに置きっぱなし。
 まったく気づかない彼は、つかつかつか、と珍しく足早に近づいてきて目の前にたたれる。
「これ、ありがとう、ございます」
「あ、いえ。ってか、お客さん、本をベンチ――」
 カウンターにブラケットを置いて逃げるように立ち去ってしまう。こんなときばっかり足が速い。オレの指摘なんかまるで聞いてない。
 あああ、もう、なにやってんだよ!
 預かっておいて明日にでも渡せばいいか。と、思ったけれど残念ながら今日は金曜日。オレは平日だけこの売店で働いているため、土日はここへはやってこない。
 彼がきているかどうかは、一度だけ確認したことがある。土日にバイトで入っている子の話では、休日は家族連れで賑わっているためか、彼はやってきたことがないとのこと。
 月曜日まで持ち越しだな、これ。
 ベンチにおいてあった本を持って売店まで戻ってくると、何人か客がきていた。待たせたことを謝りながら接客をぱっぱと終える。
 回収してきた本はやっぱり、洋書だった。しおりはさまってるし、まだまだよみかけと思われる。土日の読書はお預けになってしまうだろう。
 しっかしなんであんなに急いでたんだ。時間的にもどこまでのんびりしていたわけじゃないし、なんだったら一時半ぐらいまでいたこともある。あのときは、ものすごい慌ててたけど、今日はそういうんじゃなくて……。
「……ん?」
 本から飛びでていたのは、しおりだとばかり思っていたけれど、どうやら、違うみたいだ。
「これ……」
 偏見かもしれないが、男性が手書きしたとは思えない丸い字で書かれた内容を理解するのに時間がかかったのは、あまりに予想外だったからだ。それはしおりじゃない。たぶん、名刺のようなカード、らしきもの。
 本から飛び出た部分には名札で確認したのかオレの名字が書かれている。まるで手紙を示唆するように。
 挟まっているところがわからなくならないように、不要なレシート箱から一枚取って挟んでおくと、意を決してカードの内容を読んだ。そこには。
「……夜七時に、レストランって……」
 近くのビル上層にある高級レストランの名前と、待っていますというメッセージ。プラス、先月はチョコレートありがとうございました、というお礼の言葉。
 そういえば先月十三日、バレンタインデーの前日にホットコーヒーとブランケットと一緒にチョコを、渡したんだ。
 それを、つまりその、えっと、なんだ。
 そういう意味に、とられたってこと、か。
 その日、売店を訪れた客、全員に渡したわけじゃない。いつも見る顔とか、よく世間話する人とかに配った。もちろん彼にもその一環で……いや、違う。彼に渡したチョコが、ほかに用意していたものと少し違っていた。たぶん、そのことに気づいたわけではないだろう。しかし見透かされた気がして、恥ずかしさのあまり顔が熱くなってきた。
「あー……連絡先と名前ぐらい、書いとけよ……」

 今日は、彼の大きな変化を、発見できるだろうか。




2015/03/14 サイト公開 | 2015/03/08 J.GARDEN38配布無料配布本に掲載


 
 
 

 
 
 

 
 
 

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