bl novel #11

Addicted to my love 1

 毎晩夢にみる地獄絵図。

 ただ、のどかに穏やかな日々をすごし、他国を侵略することなくされることなく、神の息吹を感じるこの地にて民族が永年続いていくことだけが望みである。
 そんな、なんの罪もないものたちに向けられた刃は、信じられないほど強靱で、オレの手が届かないほどあっという間に闇に飲み込まれていった。


「裏切り者」
 どんなに、たぐいまれな能力を持っていても。
「裏切り者」
 どんなに、豊富な経験があっても。
「裏切り者」
 どんなに、多くの武功をあげてきたとしても。
「裏切り者」
 どんなに、信頼を勝ち得てきても。
「裏切りの罪人に、罰をあたえよ」

 すべてが一瞬で霧散するほど圧倒的な数による侵略は、盟約を交わしたはずの友の財産を焼き払い、抵抗するものは容赦なく切り捨てた。
 オレは何人守れた?
 いや、一人も守れなかっただろう。
 むしろオレがこの島を訪れていなければ、彼らの母なる大地が無惨な姿に変えられることはなかった。
 だからオレはすべての罪を認め、罰を甘受する。
 陽が昇る前にベッドを抜けて海にでて、陽が沈んだらまたベッドに戻る。
 一生をかけて償っていかなければならない。
 幸いなことに守らなければならない家族もいなかったし、仕えていた国に裏切られて帰る場所もない。
 いっそのこと海にこの身を投げて、彼らの母にお仕えするのもいいのかもしれない。
 海に生きてきた身。海で終わるのなら本望だろう。陸への未練などひとつもない。


 ……ひとつも、ない。



   *   *   *

「よぉ、善人きどりのバッカーニアさん」
「んー?」
 深い夜の闇の中で煌々と輝く灯り。
 ここだけ太陽が昇っているのではないかと思うほどにぎわいを見せる店内では、声を張らないと相手に届かない場合も多い。しかし男は心得ているのか元から声がでかいだけなのか、しっかりとオレの耳まで届く。
 室内だというのにフードまできちっと漆黒のマントかぶり、ちびちびと一人で酒を飲んでいたいかにも根暗そうな奴に声をかけるなんて、こいつも相当暇人なんだな。
「アルハンブラの艦隊をご丁寧に守って差しあげたらしいなぁ」
「まぁなー。オレは義賊だからなー」
「さすがは裏切り者じゃねぇかぁ、なぁ?」
 最初に声をかけてきた男とは逆の方向から、もう一人。
「ご褒美のフロータはさぞかし美味なんだろう? ん?」
 背後から、さらに一人。
「ぜひお裾分けしてくれよ、ビッチさん」
 えっとー、今度は斜め後ろか?
 あー、数えるの面倒になってきたな。わらわらとよってたかって、こんな根暗に何のようだよまったく。
「残念ながら、お姫様は乗ってなかったんだ。まったく助け損だったぜ」
「そりゃあおまえが尻軽だからお姫様はいらねぇって断ったんじゃねぇのか? ああ?」
「むしろあれか? このゆるゆるのお尻をつかってくださぁいって、アルハンブラの提督様にすり寄ったんじゃねーの?」
「ビッチはアルハンブラのご立派なブツじゃないとイけねぇって?」
 ぎゃはははははは、と何が楽しいのか下品に笑い飛ばす男たち。
 確かにアルハンブラの連中は馬並みって昔から言われてるけど、あんたらも対外のデカさだけどなー、とはさすがに口に出しては言わなかった。周りで食事してる連中もいるんだ。わざわざ金だして食ってる飯がまずくなっちまう。こんな下世話な話じゃ、酒の肴になりゃしない。
 しかし、ちょっと情報が早いな。このスピードは、あまりいい傾向じゃない。
「アルハンブラのブツと、タノイのブツと、どっちがいいんだよ? なぁ、ビッチ」
「なんだったら今ここでくらいついてみるか? あ?」
「ビッチには酒なんかよりずっとおいしいご褒美だろう」
「あー、今夜は先約があるんだ、わりぃな」
 店に迷惑はかけたくないので酒代をおいて、さっさと席を離れようとしたけれど、案の定囲まれていてそれも許されない状況だった。
 ぶったおして強引に出て行ってもいいけど、それはそれでお店に迷惑かけるしなぁ。この料理屋出入り禁止になったら、オレの楽しみがものすごく減ってしまう。長い航海から帰ってきたオレのようなバッカーニアにとっちゃ、湯気の立ってる温かい食事っつーのはご馳走だ。
 船の上じゃ、干した肉かその場で釣り上げた魚を保存するためにやっぱり干物にしたものぐらいしか食い物がない。うちの船にはかろうじてコックが常駐しているものの、食材を長く持たせることと節約が命であまり煮炊きはしてくれない。
 せっかく立派なキッチンついてるんだから、もっと活用してくれと何度頼んでも、まるで取り合ってくれなかった。
 あー、しかし、今はこの状況をどうすっかなぁ。
「おいビッチ。裏切り者が拒否できると思ってんのか」
「だーかーら、先約があるんだつってんだろ? 裏切りの罰はそいつから受けることになってるんだっつーの」
「ばつぅ? 悦んで腰振ってるくせに、罰とはよくいったもんだな!」
 また、ぎゃははははと笑う。こいつらなんで全員同じ笑い方するんだ。とかくだらないこと考えてないで、早めにきりあげないと本当に先約に罰を与えられちまう。
 しかたない。場を丸くおさめるためにも、お相手してやるしかないか。
「まったく……そーんなにたまってるなら、おいしくいただいてやるよ。場所かえようぜ」
 あきらめてそう言ったオレに対し、取り囲んでいた男たちが見せたのはこっちが不愉快になるほど下品な笑み。
 頬を引きつらせながら、やっぱり全員同じ笑い方をしたので、この団体さんは親戚か兄弟ではないかとどうでもいい疑いも持った。



 寝静まった屋敷の廊下を、足音なく進む。
 大変ご立派な屋敷であり、普段ならば働き手も多いのだが、中は余りに静かだった。
 理由は簡単。夜中だからだ。
 もしかすると、ここに呼び出した張本人も寝てしまっているのではないかという淡い期待が浮かんでくる。が、寝室から灯りが漏れているのが見えてしまって、すぐに地に落とされた。
 残念ながら、起きているらしい。
 ということは、怒っている。
 寝ているならばそのまま立ち去って、また海にでてしまおうと持っていたのだが、残念ながらそんなに世の中うまいことできていないようだ。約束の時間はとうに過ぎているだけでなく、遅刻の理由まで把握されていたらおしまいだ。
 今夜のお説教は、長くなるに違いない。
「いつまで廊下に突っ立っているつもりだ」
 ひっ、ばれてた。
 思いっきりオレがいるってばれてた!
「さっさと入ってこい、ロバート」
「……しつれーしまーす」
 勘違いでもなんでもなく、名前まで呼ばれてしまったら仕方がない。オレは重い足取りで近づき、ほんの少しだけ隙間ができている寝室の扉を勢いよく開け放つと、やけになって仁王立ちでやつの前にたった。もう、こうなってしまった以上、開き直るしかないからな!
「遅くなって、悪かったな!」
 ベッドに座り本を読んでいた男は、サイドボードでつけていたランプの明かりを消すと、室内は薄暗くなる。小さなバルコニーがついた大きな窓から差し込む月明かりだけが頼りだが、男は迷うことなくオレのそばまで歩み寄ってきた。
「長旅ご苦労だったな。身体に変わりはないか?」
「お、おう。別に、へーき」
 そして、光を拒むような漆黒のマントを脱がせると、露出した腕に触れて確かめる。
 そこに、アレが現れていないことを。
 もっとガミガミ怒られると思っていたが手つきが意外に優しい。
 もしかして、つい優しくしちゃうぐらいよっほどオレのことが恋しかったとか――?
「いっ!」
 よし。前言撤回だ。
 今こいつ、めちゃくちゃ思いっきり手首握り締めてきた。すげぇ痛い。
「……長期間だったにしては、まるで何もない。きれいなものだ」
「あー。ほら、ストレスなかったからじゃね? やっぱり海の上は最高だなーって」
「アルハンブラのハンサムな提督の味見でも、してきたのか?」
「フランシスは関係ねーだろ。タノイの民じゃねぇんだし」
「だったら街の連中か。まったく君はいつもいつも」
「リーアさんの店で騒ぎになりそうだったからしかたねぇだろ。あそこはオレの憩いの場」
「まぁいい。我が民の無礼は素直にわびよう。申し訳ない」
 おおお? これはこれは、本日のお説教、短そうだな。ラッキー。
 と、気を抜いたそのとき。
「しかし、アルハンブラの海軍提督とは名を知るほど親密な関係になったのだな。そのあたり、詳しく聞かせてもらおうか?」
「……え?」
「とぼけても無駄だ。君は今、確かにフランシスと言った。その名はアルハンブラのインディアス艦隊を率いるフランシスコ提督のものと思われるが?」
「あー……」
「あえて下品に言おう。アルハンブラのブツはおいしかったか? 我が愛しのプータよ」
「ははは……カーシは語学が堪能だなぁ。今日は尻軽ってばっかり言われてるぜ」

 今夜のお説教は陽が昇る瞬間まで続くことが、たった今、確定した。