bl novel #12

君は真夏の太陽

 ギラギラとまぶしい太陽からの熱光線と、アスファルトからの照り返しにはさまれて最低な真夏の道路。汗だくになりながら、目の前で徐行する車に対し、腕で×印を作ること何十回。もう、いい加減、やになってきた。
 満車って書いてあるだろ? 字が読めねぇのか?
 時々、一台ぐらい入れるでしょ?とか、このあたりは始めてきたのでほかに駐車場がわからなくてとか、よくわからない理由で話しかけられることもあるが大体がおばさん。ファミリーで来た、おばさん。
 俺は、青い空青い海、白い空白い砂浜、そしてそこを駆け回る色とりどりピチピチのお魚さんたちを眺めるためにきたのであって、決して加工された干物に話しかけられるためにこのバイトを了承したわけではない。
 くそ。じぃちゃんめ……だましたな。
 お盆真っ只中で海水浴場まん前の駐車場は、ネコの手も借りたいほど忙しいらしい。田舎に遊びに来ていた俺は駐車場の持ち主であるじぃちゃんに頼まれてバイトをすることになった。正直に言う。水着のおねーちゃん目当てだ。海なし県から田舎にやってくる楽しみなんて、これしかないに決まってる。
 しかしまあ、いい女っていうのはどいつもこいつも男と一緒だ。ときどき女性だけのグループもいるけれど、すぐに砂浜で男だけのグループにナンパされて、ひと夏の恋物語の主演を演じてる。
 ははっ。俺なんて、駐車場のバイトくんAとかで、出演してるのかねぇ、そのドラマに。会話もしてないから無理か。
「はぁぁぁぁぁ」
「おい、辛気くせぇため息ついてねぇで、あのお客助けて来い」
「へ?」
 じぃちゃんに頭を小突かれながら指差された先をみると、駐車場から出ようとしていた向かい合わせの車が二台、お見合いしたまま動けなくなっている。どちらか一報が下がればいいはずなのだが、どっちも下がろうとしていない。というか、右のミニバン、運転手がおろおろしていて、さがれなさそうだ。
 面倒そうなトラブルだが、今日でバイトも三日目。なれたものだ。普段、居酒屋のアルバイトで鍛えた酔っ払いへの対処方法が、こんなところで役立つなんて思いもしなかった。
「どうしました?」
 深くかぶっていた麦藁帽子を少し持ち上げて、両運転手へ視線を送ると、左の高級セダンが先に動き始めていたのに、突然右のミニバンが出てきたという主張だった。高級セダンはドライブレコーダーもついてるから、もしぶつかってきていたらそれを公開すると強気にでてくる。まぁ、イケイケのねーちゃん助手席に乗せてるし、かっこ悪いところ見せられないわな。
 一方、ミニバンの運転手はものすごい恐縮そうに運転席をおりてきて頭をさげている。そこまでするなら、さっさとさがりゃいいのに……案の定、こんな大きな車運転したことないから、周りの車に迷惑かけられないし、下がれないといっている。駐車したときにかなり右に寄っていて、すでにぎりぎりだ。
 なるほど、状況は読み込めた。
「じゃ、俺がこっちの車さげますんで、それで、おにーさん、でてってもらっていいですか? ぶつかってないみたいですし、こっちの方もあやまってますし。お願いします」
 一番てっとりばやい解決方法を提示すると、高級セダンの運転手は了承してくれる。助手席のねーちゃんは不機嫌顔のままだが。
 俺は手際よくミニバンを下げ、高級セダンのためにスペースをつくって退出してもらった。しかしこのままでは終わらせることはできない。こんな状況を作ってしまった運転手に、事情説明をもとめた。
「前の車が動いてるの、確認できませんでしたか?」
「すみません、すみません」
 いや、謝ってほしいわけじゃなくて、説明してもらえればそれでいいんだけど……なんか線が細いし、色白いし、頼りない感じだなぁ。ほんとにこの人、運転して帰れるのか?
 他県ナンバーだし、心配だな。
 代行業者を勧めようか悩んでいたとき、後部座席の窓が開いた。運転席に乗ったとき、後ろカーテンで区切られてたから気づかなかったけど、同乗者いたのかと驚きながら視線を送ると、そこから顔をだした男と目があう。真っ黒に焼けて、サングラスつけて、タバコくわえて、見るからにガラが悪そうな男は、大声で叫んだ。
「おい! てめぇ、うぜぇんだよ! 前の車でてったんならさっさとうちの車もだせよ!」
 わぁーお……これはまた。なかなかの物件でいらっしゃる。
「申し訳ございません、お客サマ。失礼ながら、運転手の方が、運転に自信がないようでしたので、代行業者をオススメしようかと思っていたところです」
「はぁ? だいこぉー? そいつに運転させりゃいいだろ。免許持ってるんだから」
「この方は、ミニバン車の運転に慣れてらっしゃらないとのことでしたので、先ほどのように事故を起したら大変かと」
「だったらてめぇがだいこーやれよ。ちんたら引き止めた責任とってよぉ! すぐそこのシーサイドホテルまでだ!」
 ぎゃははははは、と下品な笑い声が飛ぶ。
 ちょっと話が通じなさそうだな。たぶん酔ってるのだろう。俺はじぃちゃんに一度視線を送った。助けを求めてではなく、了承をえるためだ。じぃちゃんはしっかり声が聞こえていたようで黙って何度かうなずいてくれる。
「それじゃ、特別にお送りしますよ」
「わかってんじゃねぇか」
 その代わり、このナンバーの車は二度と近隣駐車場に止められなくなるけどね。
 まだ恐縮して身体を小さくしている元運転手に助手席に乗ってもらって、俺はミニバンを駐車場から出した。あとからじぃちゃんに聞いた話、行きはガラの悪い後ろの席の男が運転してきていたようだ。改めて乗り込んだ車の中は酒臭く、ガラの悪い男が飲酒したせいで、この人が運転する羽目になったのだと俺は悟った。
 なんかつるみそうにないタイプだけど、パシリなのかな。
 こんな天気のいい日に海にきてるってのに、長袖長ズボンだし。まあ日焼け対策なのかもしれないけど。この肌の白さだと、焼くと真っ赤になって大変そうだもんなぁ。
 運転しながら盗み見た元運転手は、とてもきれいな顔立ちをしている。透き通るような白い肌。ハーフっぽい鼻筋のとおったきれいな顔立ちに、色素が薄いくせ毛。身体を丸めて謝っているときは勝手に男かと思ってたけど、見ればみるほど、女って可能性もあるな。
 なんだかミステリアスだ。
 信号待ちでふと見つめた耳の下に、赤くうっ血したような、蚊に刺されたような、痕を見つけてしまった。
 後部座席からは、ガラの悪い男のほかにも、何人もの男女の声が聞こえてきているけれど、これはもしかして、もしかしなくても、その中の誰かの女なのか、な。
 友達カップルたちと旅行、にしては楽しそうじゃないし、後ろの男たちが大きな声を出すたびに、びくっと身体をはねさせたり、震えさせたりと、むしろ震えているようにさえ見える。
 わけありか……わけありだろうな。
 まあ、駐車場にも、居酒屋にも、俺のバイト先にはいろんな人が出入りするけどこんなにあからさまなわけありは初めてで好奇心がわいてしまう。かかわらないほうがいいのはわかってるんだけど、なんか今にも消え入りそうな線の細い雰囲気に、守ってあげたいなという加護欲が沸きたてられる。
 この人、大丈夫なのかな。
 そうこう考えている間にホテルに到着してしまう。ロビー前に車を止めると、後部座席に人たちはお礼も言わずにつぎつぎと降りていく。しかし、助手席のこの人だけは、いつまでたっても降りようとしない。
「駐車場、決まった場所あります?」
 このままロビー前においておくわけにもいかないので、ひとまず質問をすると。
「……ない、です……」
「じゃあ、適当に、でやすそうなところにとめちゃいますね」
「あ、いえ! オレが……やります」
 やっとあがった顔を正面でとらえる。吸い込まれそうな、夏の青空のような瞳が俺を写す。
 驚いた。
 何に驚いたって、横顔は中性的だったけれど、正面をみたらちゃんとわかる。この人は男性だって。そして、色素のうすい髪で隠されていた目の周りに、痣があることも。
 これ、かかわっちゃいけないやつじゃねぇの?
 理性が危険信号を発する。しかし本能は、そんな理性をぶち破って行動を起してしまった。
 なんでこう、俺は、こういうのを放っておけないんだ。
「とりあえず、駐車場にとめます。んで、歩いて警察か病院か、どっちがいいですか? タクシーでもいいですけど」
「え!」
「その顔の痣、そうとうな殴られ方したでしょ? あいつらの中の誰にやられたんです?」
「いえ……そんな、んじゃ、なくて」
「じゃあ、そういうプレイ? その長袖めくったら手錠のあとがあるとかなんですか? 合意なんですか?」
 だったらこれ以上は何も言わないけれど、こんなおびえた様子を見る限りそうではないだろう。多少なりとも自分が関わってしまった人が、たとえば明日死体で発見されるとか、そんなの目覚めが悪すぎる。
 俺はこういうの、ほっとけないんだよ!
 居酒屋のバイトだって、酔っ払い同士のケンカの仲裁はいつも俺の仕事だ。放っておけないから。だって気になる。心配になる。俺が何もしなかったせいで、何かあったら、ものすごい後悔する。それをしたくないから、関わってしまう。
 人はそれを、おせっかいという。
 まさしく、俺のことだ。
「……ごう、いじゃ、ないっ!」
 駐車場の車を止めると、シートベルトをはずし、俺は彼の腕を取って袖をめくった。手錠の痕はなかったけれど、強く握られたような痣はあった。これは身体のほうもあるだろう。
「痛みは?」
「……こういうのって、痛いもんですよね」
「普通は痛いっすよ。俺なんて、酔っ払いにちょっと殴られただけでも泣いちゃいますから」
「そんなふうには見えないけど」
 彼はくすくすと笑いながら、あきらめきった顔をする。その笑顔は、どこか、夜のにおいがした。
「きみ、名前は? 大学生?」
 先ほどまでのおびえきった様子はない。しかしその代わりに、分厚いカベができたように感じる。
「辻元太陽、夏生まれのおせっかい大学生っす」
「夏生まれで太陽、か。いい名前だね」
「おにーさんは?」
 見た目だけではそうは感じないけれど、たぶん年齢は上だろう。
「秘密。おせっかい大学生に教えると、面倒そうだから」
「えー。もう十分面倒に巻き込まれてるんで、もっとまきこませてくださいよ」
 俺を拒絶するための壁か。
「やだよ。オレのせいできみがどうにかなったら、申し訳ないし、目覚めが悪すぎる」
「でも、おにーさんがどうにかなってるっすよね?」
「オレはいーの。もうずっとこんなだから」
「それ、異常に思えてるうちに抜け出したほうがいいヤツっすよ。痛みも、ほんとは感じてるんでしょ?」
 痣のある部分を少し強くにぎると、彼の身体が小さくはねる。ほら、痛いんじゃないか。さっさと病院に連れて行って、骨が折れてないかどうか看てほしいんだけどな。
 この辺だとたしか、盆休みの期間でも、海水浴客向けにあけてる個人病院があったはずだから……。
 俺は黙って携帯電話を取りだし、ある電話番号に発信する。
「あー、もしもしばぁちゃん? 今さ、飲酒客の車ホテルに届けたんだけど、迎えきてくれない? シーサイドホテル」
「なっ」
 俺は彼の腕を握り締めたまま、ばぁちゃんにヘルプ要請をする。じぃちゃんでもいいけど、こういうときはばぁちゃんのほうがいい。病院への顔もきくし。なにより、俺のおせっかいはばぁちゃん譲りだ。
「最強の刺客呼んだんで、もう逃げられないっすよ」
「……どうして……」
 ほんの数分前、たまたま駐車場でであった見ず知らずの他人になんでこんなことするんだ、といいたそうな目。俺もそう思う。普通はしないよね。でも、しょうがないんだ。
「ばぁちゃん、ずぅぅっと民生委員やっててさ。世話焼き大好きなんですよね。それがうつっただけです」
「……何か 下心があるの、間違えじゃ?」
 口元をゆがめて不適な笑みを浮かべる彼は、まだ拒絶の心が強いみたいだけれど、俺につかまれている腕を振りほどこうとはしない。
「金品は結構。完全ボランティア。あー、それとも、おにーさん自身にってこと? なら、微塵もないっすね。俺は根っから南米系尻派っすから」
 こう、きゅっとあがってる尻が好き。だからこそ、ビキニの楽園であろう砂浜の目の前のバイトを了承したのだ。期待は完全に外れて、そんな人との出会いはなかったけれど。
「ははっ……でも、胸じゃなくて尻好きなら、気をつけないと」
「もしかしておにーさん、脱いだらすごいタイプ? 南米系ヒップの持ち主なら、誘惑されちゃってもいいっすね。下心ありに書き換えといてください」
「オレが男なのは、気にしないのか」
 目を丸くして、彼はまじまじとこちらを見つめてきた。
「まあ、おにーさんぐらいきれいで線が細かったら、いけないこともないかなぁ、と。ひと夏の冒険ってことで、むしろお願いしたいぐらいっす」
「冒険しすぎだろ」
 だんだん、言葉遣いも崩れてきて、弱々しいけど笑顔も増えた。完全に打ち解けるまでにはまだまだ時間はかかるだろうが、警戒心が薄れていることは確かだろう。
 悲しいことに、この手のタイプの扱いには慣れていた。彼が加護欲をそそってこんなにも助けを求めておきながら、逃げようとしていることもわかっている。それなのに、
 だから、この手を離したりしない。
「やけどするような火遊び、大歓迎」
「はっ……やけどするのはこっちだろ……太陽くん?」
「じゃ、お望みどおりやけどさせますんで、おせっかいやかせてくださいね」
 眉間にしわを寄せて、目じりを下げて、困った顔をする彼を引き止める手に力が入る。まだ痣が酷い部分を握っていたのだから、きっと痛みが発しただろうに、彼は腕を引こうとはしなかった。
 むしろ、身をゆだねてくれているようにさえ感じてしまうのは……さすがに驕りだろうか。
 結局、ばぁちゃんがくるまでに交わした世間話で、彼の素性を知ることはできなかったけれど、ばぁちゃん同伴で病院にいくことは了承してくれたし、しばらくうちに滞在することが決まった。
 さすが、最強の刺客。ばぁちゃんのおせっかいレベルは俺の比じゃない。俺がまったく聞き出せなかった名前まで、簡単にはかせちゃうんだから、警察に雇われるべきだとつくづく思ってしまう。
「ナツさん」
「……んだよ」
「けっこう口悪いっすよね。俺にだけ。もしかして特別?」
「そんなわけあるか。年下のガキに敬語使ってどうする」
「打ち解けてくれてるってことで、俺的には嬉しいんですけどね。ナツと太陽、いいコンビだと思いません?」
「思わない」
「えー、でも、暑苦しくてやけどしそうじゃないっすか?」
「オレは南米系の尻じゃないぞ。それに……」
「それに?」
「ぬいでも、みすぼらしい、きったねぇ身体だからな」
 貴方はそうやって、弱々しく笑う。
 俺がその笑顔に複雑な衝動をかきたてられているとも知らずに、加護欲をそそる原液のように濃い感情をさらけだしてくる。
 貴方がそれを見せている限り、俺は手を伸ばさずにはいられない。おせっかいがとまらない。
 だから、できるだけ早めに、そのきれいな瞳にふさわしい、真夏の空のような笑顔を見せてほしいと、強く願った。



2015/09/08 サイト公開 | 2015/08/15 コミックマーケット88発行無料配布本に掲載


 
 
 

 
 
 

 
 
 

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