bl novel #13

ゆくとし、くるとし

 幸せというものが平等に与えられるわけではないことは、二五年も生きてくればそろそろ悟るものだ。
 突然宝くじに当たって大金を手に入れることもなければ、運命の出会いをして結婚するなんてこともない。毎日それなりに楽しくて、それなりに好きなものが食べられて、それなりに幸福感を覚える。そんな生活ができるならば万々歳だと常々思っていた。
 夢も希望もない。持てるはずがない。だって幸運を手にして最上級の満足と幸せをその手にすることができるのは、ほんの一握りの特別たちだけなのだから。
「らっしゃいませー……甘酒に、年越しそば、いかがっすかぁ」
 つい一週間ほど前までは、ケーキだチキンだオードブルだと洋風なものを販売していたはずなのに、一週間でこの変わりよう。もう、三回目ともなれば戸惑いよりも笑いのほうが大きくなってくる。
 ちょうど、道を挟んだお向かいのお寺では、誰でも除夜の鐘を鳴らすことができるとあって毎年、大みそかにはそれなりの賑わいをみせる。昨今のSNSの発展もあってか、ここ数年は地域住民のみならず遠方からやってくる人も見受けられ、ナンバープレートも様々な地域のものを見るようになった。そのため、駐車場が足りていない。
 そこで名乗りをあげたのが当コンビニエンスストアの店長だった。例に漏れることなく田舎によくある無駄に駐車場が広い店舗であるうちの店には、十数台ならば車が駐車できる。ラインを無視して無理をすれば、もう少し可能だ。昨年の大みそかは、寺の前の国道で渋滞が発生してしまい、当コンビニの駐車場を勝手に使用する人が続出したため、一応店側として苦情を入れることになったが、それもしなくていいようにと、話し合いを持ちかけたのだ。
 こちらの条件は、寺で振る舞っている甘酒を取りやめてもらい、コンビニで販売させてほしいというものだった。
 ただ、除夜の鐘目当てにやってきた人々を相手に商売をさせてほしいという申し出は、やはり好意的に受け取ってもらえることはなく、住職との話し合いが一週間になろうとしていた。
 そんなある日。
 動いたのは次期住職ともいわれている、息子のほうだった。彼は甘酒をできる限り低価格でふるまうことを唯一の条件に、住職を説得。近隣の迷惑になるよりもお互いが気持ちよく新年を迎えられるいい対応をしよう、と折り合いをつけてくれた。そしてなぜか、当日の販売担当者という名目で話し合いの場に立ち会わされたオレは、住職の息子と顔見知りになり。
「あー、寒いねぇ」
 顔を見ると必ず話しかけてこられるような仲になってしまった。もともとコンビニの常連ではあったけれど、目があったら軽く会釈する程度で話しかけられるような間柄ではなかった。
 今日、オレがここにいることは事前にわかっていたし、たぶん来るとは思っていたけれど、できれば会いたくなかった、と思ってしまう。
「……おつかれさまっす」
「お疲れさま。甘酒一つお願いできる?」
「うっす。五〇円です」
 ごつごつした指先は少し荒れていて、手渡された五〇円玉を掌で受け取るとき、ほんの少しだけ触れ合った感触に驚いてしまう。表情や口調からはとても想像できない、男らしい手に荒れた跡。今日は観ず仕事でもしていたのだろうか。
「いやぁ、去年も飲ませてもらったけど、外で売ってると余計においしく感じるねぇ。今年の出はどんな感じ? 割に合ってる?」
「去年よりはいい感じですけど、そばのほうが売れてます」
「あー、やっぱり年越しそばのほうがいいか」
「甘酒って結構好き嫌いありますから」
 彼はたぶん、オレと同じ小学校や中学校に通っていたはずだ。年も近いようだし、最初に顔を合わせたときに何の迷いもなく名前を呼ばれたので、もしかしたら幼いころに近所の公園で一緒に遊んだ仲なのではないかとも考えている。しかし残念なことに、オレの記憶の中にある幼馴染には面影が近いものはおらず、まったく思い出せない。ときどき幼馴染たちと集まったりするので聞いてみたこともあるが、皆、住職の息子などいなかったという返事ばかり。
 となると、俺がこの寺に併設されていた幼稚園に通っていたので、そのときに何か接触があったのかもしれないが、本当に覚えていない。どうして下の名前を呼ばれたのかが未だに謎。
 そろそろ本人に聞いてみようかと思っていた矢先のアレだったから、俄然聞きにくくなってしまった。
「どぉしたの、ぼーっとして」
「え、いや、なんでもないです」
「そう? なんか上の空で遠く見つめてたけど? あまりに寒くて意識飛ばしてるのかと思った。やめてよー、そのままどっか行っちゃうのとか」
「どこいくっていうんっすか」
 それもそうだ、なんて同意しながらくすくす笑って、彼は荒れた手でオレの鼻をつまむ。
「真っ赤なお鼻のトナカイさんだ」
 ああ。こんな話題の出し方をするとは。
「……一週間前に終わりましたよ。クリスマスは」
「お返事いただいてないので、まだ僕のクリスマスは終わってないんだけどなぁ」
 やっぱり忘れてくれてはいなかったか。
 オレはぶすっと機嫌の悪いふりをして鼻をつまんでくる手を払いながら、寒さからだけではなく、頬が赤くなっているのを内側の熱で感じた。
 そもそも、住職の息子で、次期住職だなんていわれていて、何宗かは知らないけれどものすごいゴリゴリの仏教徒のはずの彼がなぜ、クリスマスに、ケーキとチキンを買っていったのかがなぞだったし、そのクリスマスとかいう日本では恋人たちが盛り上がる日に便乗して、俺に告白なんてものをしてきたのかがまったくもってわからない。
 あまりに驚いて、驚きすぎて、無反応で固まっていたら、この地域じゃめったに降らない雪なんかが降ってきたものだから思わず、
「変なこというから、雪降ってきたじゃないっすか」
「あ、でも、ホワイトクリスマスってロマンチックだと思わない? 思い出に残るよ」
「別に」
 こんな会話ではぐらかして逃げてしまったが、このタイミングで蒸し返してくるとは。
 もっと、ちゃんと、身構えておくべきだった。今日、オレが外で甘酒を売っていることはわかっていたのだし、交渉に立ち会った寺側の責任者として顔をだすことも予想できた。どうして、心の準備をしておかなかったのか。
 白い息を吐きながら、呼吸を整えようとしても、心臓がばくばくいってなかなかおさまらない。でもどうして、こんな反応になるのだろう。
 返事なんていつでも伝えられるはずだった。彼はコンビニの常連で、毎日のように働いているオレとはクリスマスのあとでもそれなりに顔をあわせていたのだし、いつ、問い合わせがきてもおかしくなかった。
 できればこのままなかったことにならないかとは思っていたけれど。
 そう。たぶん。できるならば、このままでいたかったのだ。
「一週間、じっくり考えてくれた?」
 この一週間、彼は毎日やってきておにぎりを買っていった。とてもおにぎりが好きな人なのだ。具の好みもなんとなくわかっている。あと、お茶にはとてもこだわりがあるようであるメーカーのものしか買わない。新種品を見つけると目を輝かせながらスナック菓子を買っていくところは、ほんの少しだけかわいいなと思ってしまっていたりする。
 そんな無駄に彼のことを知ってしまうぐらい顔を合わせているが当たり前で、どこか、勝手に、友人のような感覚を持っていた。だからできることならば、このままでいたかったのだと思う。
「考えてないっす」
 だから、決して変わらないはずのその返事を、ずっと伝えられなかったのかもしれない。
「えー、それは待たされ損」
「だって、考えなくても答え一個っすから」
「あれ? それって、少しだけでも考えたら、答えが変わるかもしれないってこと?」
 とんでもなく前向きなその解釈は、図星に近い。
 もし彼の告白をまともに受けとって考えてしまったら、心の中にある答えが揺らいでしまいそうだった。いや、この一週間でずいぶん揺らいでいた。だからたった一言、付き合うつもりなどない、という返事を伝えられなかった。
 これと伝えたら関係が変わる。このままではいられなくなる。ちょっと顔見知りの常連と店員の関係が、たぶん、すごく、気に入っていたのだ。
「さぁ……どうっすかね」
「じゃあさ、じゃあさ、今年の後一時間ぐらい、除夜の鐘でもききながら考えてよ。ね?」
「それって、すっごい煩悩まみれっすよね?」
「毎年一生懸命働いてるんだし、たまにはいいんじゃない? 煩悩まみれで除夜の鐘きいて、年越しするのも」
 憎めないほほえみ。オレとは違う、前向き思考。
「除夜の鐘聞いて、鐘叩いて、オレへのよくわかんない気持ちなんて吹き飛ばしてくださいよ」
「むり。よくわかんなくないし」
「んなこといってると、仏さまに怒られますよ。このなまぐさ坊主って」
「怒られても、こればっかりはむーりー。あとで謝る」
「ははは、なんっすかそれ……」

 毎年のことだとわかっているけれど、平等に降ってこない幸せに理不尽さを感じるこんなイベントの夜は、イヤでイヤで仕方がなかった。
 でも寒い中、わざわざオレの顔を見るために五〇円握って甘酒を買いに来てくれる彼と、こんなやり取りをするのは、悪くないなと思ってしまう。
 だからこの関係を崩したくない。崩したくないから、このままでいさせてはくれないだろうか。

 そんな、些細な願いを抱えながら夜空に響く除夜の鐘を聞く大みそか。
 来年はどんな一年になるのだろう。
 願わくば、それなりに幸せな一年であるように。




2015/12/29 サイト公開 | 2015/12/29 コミックマーケット89発行無料配布本に掲載


 
 
 

 
 
 

 
 
 

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