bl novel #14

Retie hart

「三枝さん、オールアップです。お疲れ様でした!」
 深夜の公園を模したスタジオに響き渡る拍手の嵐。
 長かった撮影もこれで終了し、あとはクランクアップを待つ立場となった。
「最後まで、やりきってくれてありがとなぁ。おつかれさん」
「いえ、とても勉強になりました。ありがとうございました、監督」
 監督からの言葉に目の奥が熱くなる。泣くことを忘れてしまったと思っていたけれど、なんだかぐっとこみあげてくるものがあった。少し離れたところに控えているマネージャーなんて、鼻をすすって涙をぼろぼろながしているではないか。
 でも、彼女には本当に、とんでもない苦労をかけてきた。
 一番に感謝の言葉を伝えなければいけない相手は、間違いなく彼女だろう。
 そして、その隣でほんの少しだけほほえんでいる、あの人も。
「まぁでも、これからジャンジャンばりばり宣伝にでてもらうからな。テレビだけど緊張すんじゃねぇぞ?」
「はい。がんばります」
「いいねぇ。いいねぇ。すっかりいい顔になりやがって」
 小さなころは見上げるばかりだった彼から、同じ視線の高さで花束を渡される。こんなふうにいじられながら労ってもらう日がまたやってくるなんて、数ヶ月前までは夢にも思っていなかった。あんなにも全身強ばっていたのが嘘のよう。今は、ほどよい緊張を保ちながら、しっかりと視線を合わせることができる。
 子役時代の記憶が蘇ってきても、苦しくなることはなくなった。
「お前を選んで、本当によかったよ。澪」
「監督……泣かせようとしても無駄ですよ」
「ちっ、絵面的に涙がほしかったんだけどなぁ。こういうときは、演技でもいいから泣けよ。ほら、カメラにむかって」
「勘弁してください。演技以外じゃ泣けないって言ってるじゃないですか」
 初老の大物コメディアンが監督を務めた本作は、撮影に入る前の記者発表会から注目を浴び続けてきた。キャスト発表、スタッフ発表など、全てがメディアに報じられるだけでなく、主役オーディションは特別番組として放送されるほど、世間からの感心も高い。
 原作は、コメディアン本人がその波瀾万丈な半生を綴った自伝的小説で、累計発行部数は百万部にもうすぐ手が届くとも、電子書籍のダウンロード数を入れるとすでに突破しているとも言われている大人気作品だ。
 主役オーディションで見事に選ばれた澪は、この映画に勝負をかけていた。
 この作品がヒットしなければ、俳優としての道は断たれる。事務所を首になるかもしれない。事務所の社長にやんわりとだが、そんなことを言われてきた。
 女の子みたいな顔と名前、そしてなんと言ってもチャームポイントの泣きぼくろで、とにかくかわいいと大ブレイクした子役時代。
 しかし、成長とともに容姿も体つきもかわいらしさからは遠ざかっていき、中学生のころにはすっかり男らしく成長してしまった、元天才子役――三枝澪。
 イケメン俳優として女性向けの舞台や、少女漫画原作恋愛映画などのエンターテイメント色の強い作品で売り出したい事務所と、子役時代から積みあげてきた演技力をさらに磨き、実力派俳優として社会派ドラマなどでがんばりたい澪自身の主張とで、方向性がぶつかり合っている。澪自身は、いわゆる「イケメン俳優枠」ではないと思っているし、世間からの評価もそう。事務所がやろうとしている売り出し方は無理があるのだ。
 おまけに、母親からは「劣化」や「失敗作」などと辛辣な言葉で罵られ、父親は無関心を決め込み、学校では目立った存在故にいじめられ、とさんざんな目に遭ってきた。
 そんな中、見捨てず、その才能を信じ、事務所と澪の主張をすりあわせながらなんとかやってきてくれたマネージャーには、頭が上がらない。拍手の渦の中を、花束を持って彼女の元へ歩みよる。この花束の半分以上は、彼女がもらうべきものであろう。
「おつかれ、おめでとう、ほんとに、よか……よかったっ」
「ありがとう。もう、そんなに泣かないで」
「でも、でも……みおちゃん、が、りっぱに、なってぇ……」
 タオルで顔を覆いながらおいおいと泣く姿に、すでに鳴りやみかけていた拍手よりも、笑いのほうが大きくなる。泣きすぎて呼吸が不安定になってるマネージャーの背中を冷静になで、落ち着かせようとしているあの手が、自分の背中をさすってくれることはない。
「大丈夫ですか。ゆっくり、ちゃんと、呼吸してください」
「すびばぜん、ありがどうございます」
 あの優しい声が、自分を心配してくれることも、もうなくなってしまうのだ。
 ――大丈夫。大丈夫だ、三枝。ゆっくり、大きく、息を吸え――
 それを悲しく感じるのは不謹慎だろう。努力してくれた全ての人への裏切りとなる。
 わかっているけれど、切なさがこみ上げてくるのを止められない。
「見に来てくれてたんですね」
「まぁ、ラストぐらい、な。あとは完成版を映画館でみるさ」
「チケット送りますね」
 彼はマネージャーの背中をさすりながら、そっぽを向く。目を合わせてはくれなくてがっかりしてしまう。
「先生、このあと空いてませんか?」
「いや。悪いけど、病院に戻らないと。午後の診察入ってるから」
 急がしいところ、わざわざ時間を作ってきてくれたという喜びが半分、一緒にいられないという事実が判明して落胆が半分。
 このスタジオは深夜の公演を演出するために薄暗かったけれど、まだ昼の十二時すぎだ。
「じゃあ、一緒に、ランチだけでも」
「主役がすぐには抜けられないだろ。俺はもう、行くから」
 すっかり息を整えたマネージャーを確認すると、そそくさと、まるで逃げるようにスタジオをあとにしようとする彼のネクタイを、澪は無意識につかんでいた。
「先生っ」
 そして思わず引き寄せ、眉間にしわを寄せ、目尻を下げ、下唇をぎゅっとかみしめ、今にも泣きそうなのを耐える子どものような瞳でじっと彼を見つめる。
「おい……そんな顔するな。男前が台無しだぞ」
「このまま、お別れなんて、イヤです」
「お前はもう俺の患者じゃないんだ。それとも、一生治らないほうがよかったのか?」
 そう言われてしまうと、何も言い返せない。けれど、ネクタイも離すことができない。
 澪は十代半ばごろから、カメラの前に立ったり大勢の人に注目されたりすると、うまくやらなければ、失敗しないようにしなければという強いプレッシャーからの緊張で動悸が激しくなり、汗が噴きでて、パニックに陥る症状に悩んでいた。彼は、その昔、同じ症状を抱えたまま芸能生活を送っていたという監督から紹介された、専門医だ。
 監督が、若き日の自身を演じるのに澪を選んだのは、実は同じ悩みを抱えているからだと、あとで聞かされた。
 そして、苦しんでいる澪を助けるきっかけを与えてあげたいと思ってくれたらしい。
 だから恐れず、澪が今回の主役オーディションを受けてくれて嬉しかったそうだ。
「お前と同じように苦しんでる人たちのところに行かせてくれ。三枝」
 彼にそこまで言われても、どうしても、この手を離すことができない。
 この数ヶ月間。とくに、撮影が始まってすぐは頭が真っ白になることばかりで、何度もなんども病院に通った。特に周りからのプレッシャーに弱い澪のために、心をどう保つか、薬に頼るのではなく根本的に解決をしようと尽力してくれた。
 彼がいたから。彼に誉めてほしいから。彼に、認めてもらいたいから。
 澪はこの撮影を乗り切れたといっても過言ではない。
 厳しくも優しい彼の存在がなかったら、きっと、監督に見放されていたことだろう。
 ネクタイをくしゃくしゃにした手を震わせながら、じっと見つめる澪。しかしその視線が交わることはない。不機嫌そうにうつむき、大きくため息をつく。
 びくっと身体が強ばった。心臓が早鐘を打っている。怒られて、嫌われたくはない。でもこのまま会えなくなるのはもっとイヤだ。どう行動に移したらいいのかわからない澪は、子供じみたこの引き留め方しか思いつかなかった。
「あああああ、もう!」
 彼はいらだちをあらわにするようにそう大声を出すと、きっちり首元をしめていたネクタイがをゆるめ、するすると引き抜き、澪のつながりをほどいてしまう。
 絶望的な気持ちでその様を呆然と見つめていた澪は、
「そいつお前にあずけるから、映画のチケットと一緒に届けに来い」
 ようやく目を合わせてくれた彼がネクタイから手を離し、代わりにその手を頬に伸ばしていることにようやく気づいて、目を瞠る。
「くるときは、ちゃんと事前に連絡しろよ。いきなりくんな。まずは、ネクタイぐちゃぐちゃにしたの、お前がなんとかしろよ」
 何かを、ぬぐってくれているようだが。
「あと……こんぐらいで泣くな」
 涙袋に親指が触れ、泣きぼくろの上を通ってから、離れていく。
 突然の出来事で反応できずにいる澪をよそ目に、彼は背中を向けて今度こそすたすたと行ってしまった。
 まるでなにごともなかったかのように。でもどこか、いつもよりも、早足で。
 しんっと静まりかえったスタジオ内。ぽつりとつぶやいたマネージャーの一言さえ、その場にいた皆に届いてしまったほどの静寂に包まれている。
「……ねえ、澪ちゃん、いま、泣いてたの?」
「泣いてた、みたい、ですね」
「おいいいい! お前なんで、さっき、オレとのやりとりで泣かねぇんだよぉ! 先生の前で泣いたってつかえねぇじゃねぇか! もったいねぇぇ!」
 監督の見事なツッコミに、場は瞬時に爆笑につつまれた。
「す、すみません……」
 医師との別れが辛くて泣いたなんて、本当に子どもじみていて思い出すだけで頬が熱くなるぐらい恥ずかしい。でもそれ以上に彼が触れていた部分はずっと熱いままで、澪は、彼が残していったネクタイをぎゅっと大切そうに抱きかかえた。
 患者と医師としての関係はお別れだけど、これで終わったわけじゃない。
 次は、ひとりの男として、彼の前に立ちたい。
 お世話になった感謝の気持ちとこの胸に燻る劣情を抱えて、会いに行こう。
「今度、ネクタイのアイロンのかけ方、教えてください」
「そうね。まずはその、くっちゃくちゃをなおさないとね」

 彼がトラウマを抱えてぐちゃぐちゃになっていた澪の心に触れてくれたように、ゆっくり優しく、凛とした姿になるよう、ありったけの心を込めて。




2016/03/31 サイト公開 | 2016/03/21 J.GARDEN40発行無料配布本に掲載

 
 
 

 
 
 

 
 
 

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