bl novel #15

デビアスとアイロニカル

 彼からすると、オレは面倒な癇癪持ちのガキで、手をだしたのは暇つぶし。よぼよぼのじいさんばあさんの相手は心底疲れるとグチっていたし、ストレス発散も兼ねてたまには若い男の元気なブツが食いたかったんだろう、と今ならわかる。もしかしたら、初もの狙いだったのかもしれない。ああ、考えればかんがえるほどイヤの方向ばかりだ。
「しおり」
 校門の真ん前を占拠するように、高校生にさえわかるようなあからさまな高級車で乗りつけ、ベッドの中で聞くような甘ったるい声で名前を呼ぶあたりオレの反応をみて楽しんでいるに違いない。語尾にハートマークがみえる。そもそも、ベッドの中でも名前なんか呼ばれたことないわ。というか、これ、初めて呼ばれた気がする。
 オレに固有名詞は必要ないとばかりに、おいとか、お前とか、関白宣言した亭主かっていうの。あいにくオレは良妻賢母とはほど遠いうえに、可愛くもなければ綺麗でもない、ちょっと作家やってるだけの、ただのどこにでもいる普通の高校三年生なわけだが。
 あーあ。これは間違いなく、明日、学校で質問攻めにあう。最悪だ。
「迎えなんて頼んでないけど」
 左ハンドルの運転席からわざわざ降りてきて、車道側になる助手席のドアをわざわざ開けてくれる。なんてサービスだ。こんなことしてもらうの、付きあってからはじめてで悔しいけれど胸が高鳴ってしまう。
 どこぞのアイドルといっても過言ではない整った容姿に、すっと背筋の伸びた立ち姿。今日はラフな格好をしているけれど、初めて出会ったときの白衣姿はドラマの世界にでもはいり込んでしまったんじゃないかと思うぐらい様になっていて、つい見惚れてしまった。
 思えばあのときから、オレは選択を間違えたんだ。
「黙って乗れ」
 少し遠巻きにぶしつけな視線を送ってくる女子たちには聞こえないように、低く小声でだされる指示。少しでも甘いなにかを期待して胸を高鳴らせた数分前のオレはバカだった。
 今はぎゅっと握りつぶされたみたいに、すごく、痛い。
 彼をにらみつけながら、命令どおりに車に乗りこんだ。テスト期間中で、授業が午前中に終わることまで把握してるなんて、話してないはずなのになんで知ってるんだ。
「バカが、傘置いてっただろう」
「降ってねぇし。ってか、降ったとしてもオレが濡れるだけであんたには関係ないだろう」
「みすみす患者増やすようなこと、医者がすると思ってんのか?」
 さっきの甘えた声はどこにいったんだ。クソ医者様、声音が完全に凍ってるんですけど。
「だいたい、連載の〆切りとテスト勉強とがかぶりまくって睡眠不足のうえ、濡れ鼠になったら一発で風邪引くにきまってんだろう。そうじゃなくても、今朝用意しておいたビタミン剤と漢方飲まなかったし、シャワーのあと、髪の毛きちんと乾かさなくて冷えてやがったし、そもそも徹夜なんてしたって効率が悪いだけで」
「あーあー、スイマセンデシタ!」
 親か。アンタはオレの親か!
 それ以上説教を聞きたくなくて車内にめいいっぱい響く大声をついだしてしまう。
 しかめっ面のまま、運転手はこちらを一瞥させるとようやく車を発進させた。好奇の視線からようやく逃れることができてほっと胸を撫でおろす。走っている車の中にいる限り、この人は、女だけでなく男からの視線もあびない。オレだけのもの。
 座り心地のよいシートと、言動とはかけ離れている安全運転で進む高級車の絶妙な揺れに眠気を誘われて、まぶたがどんどん重くなっていく。
「寝ろ。ついたら起こす」
「……ん」
 また命令しやがってとか、なにか憎まれ口を叩いてやりたかったけれど、テストが終わった開放感と連日の寝不足が祟って、一〇秒もかからずにオレは眠りに落ちてしまった。
 また、出会った日のようにバカにされるんだろうな。計画性がないとかなんとか、罵声を浴びせられるのだろう。でも、なぜだろう。彼の様子がどこか嬉しそうにみえたのは。
 高校生作家と囃し立てられ、芥川賞にノミネートしたあの年、原稿執筆はもちろんのことメディア取材対応と、学校生活と、なにもかもを円滑にするために睡眠時間を犠牲にしていた。家族に迷惑をかけないためにひとり暮らしをしたことも悪かった。まともな食事もせず、栄養は偏り、栄養ドリンクやカフェイン飲料に頼りっぱなし。
 当然、身体はすぐにガタがきた。
 いつの間にか倒れたらしく、連絡が取れなくなって心配した家族と、〆切りに原稿が届かないだけでなく連絡もつかないと心配して自宅を訪れた担当に発見され、救急搬送された。病院のベッドで目を覚ましたとき、オレに飛んできたのは家族の案ずる声や、ドラマなどでお決まりの美人看護師による「先生、目を覚ましました!」などではなく、
「自己管理もできないのにプロ気どりとは、高校生作家様とはずいぶんえらいもんだ。おまえ死にたいのか?」
 人を小馬鹿にする、物理的にも精神的にも上から降ってきた侮蔑だった。
 倒れて数時間で搬送されたのが功を奏し、薬が良く効いているのか、昨日までの身体のだるさが嘘のように身体が軽くなった。そしてそのとき、ひどいぐらいの上から目線だったとはいえ、オレの身を本気で案じ、本気で説教してくれた担当医に惚れこんで、退院と同時に玉砕覚悟で告白。まさかのOKをもらって、付きあうことになって、もうすぐ一年。
 身体の関係を持つまではよくある普通のお付きあいだったと、オレは思っている。オレの体調管理をするという名目で半ば強引に連れていかれたのが始まり。自然と彼の家にいり浸るようになり、触れあう時間も増えて、仕事も順調で、体調もよく、なにもかもが完璧に流れていると思っていた。
 しかし、一度セックスしてからというもの、彼はどんどん本性を現しはじめ、今ではこんな状態。オレはあの人の命令どおりに動くおもちゃで、若くて活きがよくてそこそこ相性のいい棒で、恋人として甘い扱いなんてしてもらえない。むしろ、「管理」は酷くなるいっぽうで、オレの意志による一挙一動全てを否定されているように感じてしまう。
 今回、テストと〆切りがかぶって修羅場を味わったのも、彼にスケジュールを伝えなかったからだ。自分で管理して、自分だけでやってやると思ったのに、結局できずにまた馬鹿にされる始末。
 男として、並び立ちたいのに、社会的地位や年齢差もあってまったく届きそうにない。
 エンジン音が完全に止まって目的地についたことはわかったけれど、よほど身体が眠りを欲しているのか浅い覚醒しかできず、まぶたもどうしても開かなかった。どのくらい眠ってしまっていたかわからないから、どこに連れてこられたのかも皆目見当がつかない。
「栞、起きろ、栞……ちっ、だめか」
 舌打ちだけははっきり聞こえたけれど、他の言葉はぼんやり耳に届く。いま、もしかしなくても名前呼ばれた、か?
「んったく……手間かけさせやがって」
 口から発されていることと、オレの頭を撫でている手つきの柔らかさがまるで違っていて、驚きのあまり意識がはっきりとしてくる。しかし、優しく髪をすく指が嬉しくて目を開けるのをもったいなく感じてしまった。
「……俺に管理させときゃ、こんな隈作らずにすんだのに」
 色濃く目立つ隈をなぞる指先。鼓動がじわじわと早まっていく。
「ムキになってるから放っておいてやったのに……バカだな」
 溜め息交じりに吐き捨てたバカという台詞は、いつも面と向かっていわれるそれよりもずっと甘さを含んでいて、どんな表情でそれを発したのか、どうしても確認したかった。
 オレは、ぱっちりと目を開ける。
「狸寝入りは、もうちょっとうまくやれ」
「なっ」
 しかし、オレの視界にはいったのは、憎たらしいぐらい整った容姿だけ。
「さ、起きたなら、さっさとおりろ」
「待って! なんで、いつも呼ばないくせに、オレが寝てるときに名前呼んだんだよ」
「はぁ? 先に名前で呼ぶなっつったの、お前だろ」
「え?」
「女みたいだし、作家やってて栞とか寒すぎるし、できるだけ名前は呼ばれたくないって」
「いや、それは……」
 いった。確かにいった。でも、それは彼に直接伝えた言葉ではない。
「雑誌の、インタビューに書いたことを、なんでアンタが」
 デビューしたてのころに文芸誌の端っこに掲載された、小さな記事の中でいったことだ。
「いってなかったか? お前のデビュー当初からのファンだって」
「は……?」
 開いた口がふさがらなくなって、固まってしまった。この人は一体なにをいってるんだ。まだ寝ぼけて、自分に都合のいい夢でも見ているんじゃないかとさえ、思えてきた。
「退院までにどうやってサインもらおうか考えていたら、告白されるし。まあ、ガキの遊びだろうと付きあったら存外本気のようだし。俺も本気でむきあうかと気合いをいれて、やりたい盛りだろうから俺の準備が整うまで待たせてからヤったら、なんか不満そうだし。作家としても恋人としても互いが満足できるように、最大限スケジュールと体調管理をしたら、気にいらないみたいだし。お前は結局、俺とどうなってどうしたいんだ?」
「あ、の……待って、ちょっと待って、先生。オレ、頭がついていってない」
「お? 先生っての久しぶりで悪くないな。今日はそのブレザー着たままそういう趣向で」
「いやいやいや、ちょっと待ってってば! オレは仁彦さんとちゃんと恋人でいたいし、作家としてもいいもの書きたい!」
「だったら、黙って俺に管理されていろ」
「でも、それは、男として格好がつかない」
「ガキが。格好つけるのは、立派な大人になってからでもできる。甘えが許されるのは子どもの今だけなんだから、俺のいうことを聞いてりゃいいんだよ」
 今まで、オレがひねくれて見ていたのもあってそんなふうに受けとれなかったけれど、彼の行動は全てオレのためでオレのことを考えてのことだった、のだろうか。
 そういわれたら、今日の迎えだって疲れているオレを気づかってのことかもしれないし、初めてのセックスのときに進んで受け手にまわったのは、単にそっちが好きだからじゃなくてオレの想いを理解してたからかもしれないし、修羅場中は絶対に夜の誘いはしてこないし、そもそも自分の仕事だって忙しいのにかなりオレの都合にあわせてくれてるし。
 それに、あんな小さな記事のことを覚えていてくれて、名前のことも気づかって――。
「仁彦さん、もしかして、かなり、オレのこと愛してる?」
「はっ……でなきゃ、めんどくせぇガキの相手なんか、誰がするか」
「遊び、じゃなくて? あきたら捨てる、暇つぶしのおもちゃじゃなくて?」
「こっちから手放すつもりは毛頭ないが」
 オレは運転席に手を伸ばし力一杯、彼を抱きしめた。想いの丈をこめて。
 そんなに元気ならさっさと部屋へあがってヤるぞと色気のない言葉が飛んできたけれど、それはもちろんオレの願いでもあるので、触れるだけのキスで返事をした。




2016/10/07 サイト公開 | 2016/10/02 J.GARDEN41発行無料配布本に掲載


 
 
 

 
 
 

 
 
 

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