bl novel #17

= happy day

 こんなに壊滅的に家事ができないことって、あるんだな。
 しみじみそうつぶやかれたのは一緒に暮らし始めてすぐのことだった。
 今日も同じことを言われるか、もっと呆れられて何も言われないか。目を覚ましたら、説教が待っていることは間違いないだろう。
 余計なことをしなければよかったと、今更後悔しても遅いことはわかっている。
 でも。少しでもいいから、彼の役にたちたかったのだ。


 そうでなくても、この生活はおんぶに抱っこ。
 やっと名前のある役をもらえるようになったばかりの声優なんてそんなに稼げるわけではないから、こんな場所で暮らせているのは全て彼のおかげだった。
 駅近で日当たりもよく、駅の東側には有名な惣菜店やパン屋、八百屋などがいくつも立ち並ぶ賑やかな商店街あり、西口は再開発が進み高層マンションや大きな商業施設とおしゃれな店が入る駅ビルが鎮座していて、徒歩圏内でほぼほしいものは揃ってしまうという好立地。
 おまけに所属事務所や、仕事先のいくつかのスタジオへのアクセスもよく、レッスンをお願いしているボイストレーナーなんて、ご近所さんだ。
 そんな場所をわざわざ見つけてきて、自分は職場までの通勤時間が増えるにもかかわらず、こちらに有無を言わせず決めてしまった恋人は、現在ソファーのうえ。
 忙しいとぼやいていたから疲れがたまっていたのだろう。珍しくうたた寝をしている。
 彼は、なぜ美容師という道を選んだのかと疑問になるほど、いわゆる、いいところの坊ちゃんだ。テレビで名前をよく聞く有名な政治家一家で、厳格な両親のもとで育ち、しつけが厳しかったらしく、彼はマナーや礼儀にうるさい。だらしないことは一切しないし、こちらにもそれを求めるように小言をこぼすことがあった。
 眠るときはベッドで、服がしわになるからきちんと着替えてから横になれ、と耳にたこができるほど言ってきているし、今までそれを彼自身が破ることはなかったのだが。
「……寝顔なんて、久しぶりにみたかも……」
 労働基準法に反するのではないかと思うほど、休みなく、朝から晩まで毎日仕事にでていた。ひとり、急な怪我で欠けてしまい、ピンチヒッターを引き受けたらしい。もちろんスタッフ全員でフォローをいれたのだが、主に彼が引き受けた部分が多かったようだ。
 自分よりも早く起き、身支度をととのえ、朝食を用意してくれてでかけると、そのまま夜遅くまで帰ってこない日が続き、正直、一緒に住んでることを確認したくなるほど顔をあわせる時間も少なかった。
 ようやくとれた休みだった今日、部屋の掃除と洗濯を思う存分やったのだろう。
 収録とレッスンを終えて帰っていたとき、室内はもとの輝きを取りもどし、ベランダでは洋服やタオルはもちろん、シーツやキッチンマット、ラグまでもここちよさそうに風にゆれていた。
 そんな中に視界に現れた違和感。付き合ってもう何年もたつし、一緒に暮らし始めてからは一年と少し経過しているはずだが、初めて見たのだ。
 スマートフォンを握ったまま、ソファーでうたた寝する彼の姿を。
 心地よさそうな寝息に上下する胸。目の下のクマが少々気になるものの、穏やかそうな寝顔に胸の奥からじわりと温かなものがこみ上げてくる。
 いくら疲れているからといえ、眠りの浅い彼が間近に人の気配があるというのに、まぶたをピクリとさせることもなく無防備な姿をさらしてくれていることが、こんなにも嬉しいなんて思わなかったし、まだ彼にときめく瞬間があるなんてなんだか悔しい。
 もう、お互い、いい意味でも悪い意味でも空気みたいに感じていて、一緒に居ることが当たり前、居なければもちろん困るし寂しいし呼吸ができないのだけれど、いることに疑問をもたないぐらい自然な状態にあった。
 それはそれで喜ぶべきことなのだが、これはまた、別の話。
 静かな室内で、彼の寝息と自分の早鳴る鼓動だけが響いているように感じる。
 とくんとくんと脈うって、彼の穏やかな呼吸の倍の速さはあるのではないかと、思うほど。
 今目を覚ましたら、うっすらと染まった頬で呆けたように彼を見つめる恋心をばっちり見抜かれてしまう。それだけは絶対に避けたい。恥ずかしくて立ち直れなくなる。
 すべてを振り払うようにぶんぶんかぶりをふってから勢いよく立ちあがると、ベランダに干してある洗濯物が視界に飛びこんでくる。そろそろ夕刻を迎えるといってもいい時間。日も傾いてきているし、せっかく乾いた洗濯物は暗くなる前に取りこむべきなのだろう。
 気を紛らわせるにはちょうどいい作業だ。
 高鳴る呼吸を隠すように、「よし」と意気込むと、早速ベランダへでて洗濯物に手を伸ばした。

 ――のだが。

「……あぁ、寝てか……お帰り。仕事はどう」
「ごめん」
「は?」
「まじ、ごめん」
 目を覚ました彼が、身体を起こしながら怪訝そうにこちらを見つめてくる視線が痛い。
 普段、甘えと照れから素直になれないことが多いけれど、今日、今回、この件に関しては全面的に自分が悪いことを認識している。とにかく先手を打って、誠意を持って謝罪しなければ。
 彼がうたた寝していたソファーのまわりには、ぐちゃぐちゃの洗濯物。どうしてこうなったのか、自分でもわからない。もちろん、状況をまったく把握できていないだろう彼も、驚愕の表情であたりを見渡しているだろう。
 せっかく一日かけて干していた洗濯物は、くしゃくしゃになっていたり、一部汚れてしまっているものもある。
「これ、お前が? 強盗とか入ったわけじゃなく?」
「うん……もう、暗くなりそうだし、洗濯物、取りこもうと思ったんだけど、なんか、うまく、できなくて。ごめん……ラグとバスタオル二枚、飛んでって外に落とした……」
「……怪我は?」
「ないけど」
 顔があげられない。いつも以上に平坦な声色から彼の感情をくみ取ることはできなくて、うつむいたまま、じっとリアクションを待つ。
 体感で、一分……三分……五分と経過していく。
 足が痺れ感覚がなくなっているのではないかと思うほど、フローリングに正座をしたままじっと待つ。しかし、待てどもまてども返事はない。
 さすがに、とんでもなく呆れられていたとしても一〇分はおかしいはず。愛想を尽かされて言葉もかけたくないのか。ビクビク怯えながら、ちらりと上目遣いに様子を窺った。
 すると。
「……どー、した……?」
「あ、いや、その……悪い。なんか、いろいろ」
 口元に手を当てて、そっぽをむいている彼の耳がうっすらと染まっているように感じる。
「はじめてだろ、そういうの、やってくれたの」
「え?」
「洗濯物、とりこむとか、さ」
 付き合って数年、一緒にこの部屋で暮らし始めて一年と少し。自分のほうが時間に余裕がアルのだから、家事を少しぐらいやりたいと何度か相談したことはある。しかし彼は、引っ越し初日に掃除機でガラスのテーブルを割ってしまったことをずっと気にしていて、なにもするなの一点張り。やったら迷惑になるのだったらやらないほうがいいし、教えてくれる気配もないのでこちらもどこか意地になっているところはあった。
「だって、やるなって」
「いや、お前、掃除機かけただけでガラステーブル割られたら、やるなっていうだろ」
「教えてくれればできるかもしれないのに」
「下手なことやって、怪我されたくないんだよ」
 思わず、顔をあげてまじまじと彼を見つめる。しまった、そんな声が聞こえてきそうな彼は、さらに耳を赤く染めてこちらを一瞥した。
 今まで家事を手伝わせてもらえなかったのは、心配されてのこと、だったのだろうか。
 確かに、ただ洗濯物を取りこんだだけでこの惨状だ。彼が気に入っていたガラステーブルを割ってしまったことも本当に申し訳なく思っている。
 でも、そのどちらも、最初に聞こえてきたのは。
 ――怪我はないか。
 こちらの身を案ずる言葉だった。そのあとに、小言とため息はいただいたけれど。
「……でも、なんか、いいもんだな」
「ん?」
「一緒に暮らしてる、実感がわくっていうか」
 彼はようやくソファーから立ちあがり、周辺に散らばっている洗濯物をてきぱきと回収しては、わけておいていく。ズボン類、シャツ類、タオル類など。
 そうして、フェイスタオルを一枚とると、こちらに手渡してくる。
「もう一年以上一緒にいて、それも変だけど」
 戸惑いながら受けとると、彼は自らが手にしたタオルをゆっくり畳んで見せてくれる。
 真似をして、同じようにやってみるけれど、彼のように綺麗にたためない。
「最近、忙しかっただろ」
「うん」
「でも、帰ってきてお前の顔見ると……なんかほっと力が抜けるんだ」
「だいたい、寝てたけど」
「寝顔でも」
 何度かやりなおしてようやく彼と同じようにたためたとき、すでにほとんどのシャツとズボンをたたみ終え、外へ飛ばしてしまったラグを見ていた。
「今日だって、お前帰ってきて、こんな騒ぎになってるのに、起きなかったし」
「はじめてみた。ソファーで寝てるの」
「いつも注意してるのに、悪い」
「いや、別にいいけど……気持ちよくない? ソファーで昼寝」
「たまには、いいな」
 二枚目のタオルを畳むころには、すでに他の洗濯物は綺麗に片付いてしまっている。少し汚れのついたラグは苦笑しながらそのまま敷くことに決めたようだ。ふたりで買いに行った木のローテーブルのしたに戻す。
「……夕飯、なんか食べに行くか」
「あ。商店街にさ、新しい定食屋ができてて、うまそう」
「なに系?」
「なんでもあったけど……どっちかっていうと、魚系?」
「あー、煮魚とかいいな」
「オレ刺身食いたい」
 顔を洗ってくる、と、畳んだタオルを抱えながら洗面所へ向かう。通りすがりに頭をぽんぽんたたかれたのは、たぶん、上手に畳めていると褒めてくれたのだろう。
 その背中を見送りながら、じわりじわりと沸き起こる喜びと愛おしさに、胸がいっぱいになった。なんとも言えないむずがゆさは、まるで出会って、恋をして、彼を必死に求めていたあの頃の気持ちに戻ったよう。
 でも、そこに焦燥感はない。ただひたすらに甘く、温かく、優しい感覚に包まれている。
 一緒に暮らすことの意味。考えなかったわけではないけれど、なんとなく彼に押されるままここにきて一年と少し。
 実感していなかったのはお互い様で、まさかこんな、些細なことで意識することになるなんて。
「ついでに買いものするか。シャンプーと洗顔、もう無くなりそうだぞ」
「あ、歯磨き粉とトイレットペーパーも」
 いや。こんな、なんでもない些細な日常だからこそ、教えてくれたのかも知れない。
「わかってるなら、買ってこい」
「だって、好みうるさいし」
 隣に彼がいるこの当たり前こそ、大切にすべき日常なのだと。




2018/05/24 サイト公開 | 2017/10/01 J.GARDEN43発行無料配布本に掲載


 
 
 

 
 
 

 
 
 

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