bl novel #18

嘘も本当も果ては恋

 ――僕は一番星に、恋をしている。でも……その輝きに嘘をついている。


 レストラン『一番星』は今日も変わらない賑わいをみせている。
「いらっしゃいませ」
「Aランチ、ドレッシングはオニオンで」
「オレもAだなー。サラダじゃなくて、スープにして」
「かしこまりました」
 幼い頃から店の手伝いをし、料理だけが特技で取り柄だったから、実家のレストランで見習いをはじめることにも何も違和感を覚えなかったし、自然な流れだった。
 両親は、もっと他の道に進んでもいいと言ってくれたが、自らやりたいことだからと父に頭をさげ、母に頼みこみ、働かせてもらっている。
 かわいい看板ムスコとしてお客さんからも両親からも店内で甘やかされていたが、成人してきちんと働くようになり、店を継ぐことを決めてからは父は厳しく、母は優しく見守ってくれていた。
「んー。今日もおいしいねぇ。このカツレツ! 最高!」
「ほかのお客様に御迷惑なので、静かに召しあがっていただけますか?」
「くぅぅぅ、今日もクールーだねぇ。僕の一番星!」
 そんな毎日の中で、おかしな客が週になんども訪れるようになったのは、一ヶ月ほど前のこと。


 父の味を盗んで一日でも早く一人前になろうと気負って、店を閉めたあとも厨房に残っては遅くまで料理の試作を行っていた。日付けが変わってから店を出ようとすると、クローズとかかっているはずの正面出入り口に人が立っていたのだ。
 中にいるこちらの姿を見つけると、必死に扉を叩いてくる。
 正直、とんでもなく怖かった。
 相手は何者かもわからないし、背中に大きな何かを背負っている人影は、通常の何倍にも大きく見えて、どうすべきか、警察に連絡すべきか、震える手でスマートフォンをにぎって脳をフル回転させていた。
 厨房と店の境目で怯えたまま何もできずにいると、人影は背負っていた何かをおろして開けて、そこからなにかを取りだした。
 凶器だ。窓ガラスを割るつもりだ。逃げなければ。いやまて、包丁で応戦すべきか。刃物はいくらでも厨房にある。
 なんて物騒なことを考えていたら、あろうことか、その人影は――歌いだしたのだ。
 夜中に、結構な声で、手にしたギターをかき鳴らして。
 ひたすらに、
「腹減った〜、死にそうなんだ〜、ここからはいい匂い〜、どうかあけてくれ〜」
 と、即興で歌った。
「き、近所迷惑です! やめてください!」
 こんな夜中に騒いだら、店の評判に関わると気づいたらドアを開けて止めていた。
 妙な出会いをしたその男は自称ストリートミュージシャンで、とにかく金がなく、空腹で力が出ない、いまにも死んでしまいそうだと訴えてくる。そういうわりに、先ほど店の前で歌った歌は、歌詞がめちゃくちゃだったが、声量もしっかりあって力強かった。
 ちゃんと歌えば、聞き入ってしまいそうないい声だ。ギターの音色も心地よい。
「よかったら、どうぞ。食べたらさっさといなくなってください」
「え? いい、の?」
「あまりものですけど」
「こんなカツレツがあまりものだってっ? 信じられない! 君は天使か? 天使だ。いや……すばらしい店名のように、この夜空に輝く一番星だ! そして僕は、一番星に導かれてやってきた二番星だ」
「………………は?」
 歌うようにそう行ったミュージシャンの男だったが、まったく意味がわからない。
 しかし、試作で作って持ち帰ろうと思っていたカツレツを満面の笑みで頬張る姿から目が離せなくなる。
「うん。うまい」
「……ほんとう、ですか?」
「ああ、こんなうまいカツレツ食べたことがない。最高だ。ぜひまた食べたい」
 嬉しかった。自分が作ったものを食べてもらったのは久しぶりで、ずっと自分の中だけで続けてきた試作に限界を感じ、自信がなくなっていたのだが、ほんの少しだけ、この笑顔に自信をとりもどせた気がする。
「店にくれば、いつでも食べられます、けど」
「では、ぜひまた、君のカツレツを食べにくるよ」
 だから、きちんと説明するのを忘れてしまったのだ。
 営業時間中に提供されているのは父が作ったもので、いま、食べたカツレツは見習いの試作品であることを。
 あれから週に何度も足を運び、歌うようによくわからないことを言ってきては、カツレツを食べて帰る彼の姿は、すっかり店の風景として定着しつつあった。
 ときどき披露される即興の歌は本当にすばらしい歌声なのに歌詞がめちゃくちゃで、その場に居合わせたお客さんたちを大いに笑わせている。
 楽しんでいる人ばかりだし、両親もおもしろい常連客として迎え入れているからなにも言えない。迷惑に思い、そして後ろめたく思っているのは自分だけ。
 彼は自分が食べているカツレツが、あの夜のものと同じだと信じて疑っていない。
 勝手な勘違いをしているとも言えるが、結果として嘘をついていることが心苦しかった。そしてあの夜と同じように父のカツレツもうまいのか、それともあの夜のカツレツよりも父の火連れるがうまいのか、答えをほしがっている自分がいて――自己嫌悪が募る。


「ねぇ、最近あのお客さんきてないわね」
「……そ、だね」
「とっても素敵な歌声なのに笑えるのよねー。変な歌詞で。また聞きたいわ」
「母さん……」
 しばらくその姿をみていないな、と感じたのは最後の来店から二週間経った頃だった。
 ストリートミュージシャンと言っていたし、もしかしたら旅でもしながらあちこちで歌っている人だったのかもしれない。結局、誤解を解くことはできなかったな。でももう二度と会わないかもしれないし。
 しかし、あの真夜中にカツレツを頬張ったあのときの笑顔が忘れられない。
 料理への自信を取りもどさせてくれたことだけでも、お礼を言いたかったのに。
 皿洗いをしながら、厨房で細やかにつけているラジオから歌が流れはじめた。幅広い世代に人気の国民的バンドが数年ぶりに新曲を発表したらしい。そういえば、先ほど休憩中に母が見ていたワイドショーでも取りあげられていた。
『導きの一番星が 僕の想いをつれていく きみのもとへと まっすぐに』
 それは相手を星に例えた熱烈なラブソング。
 誰かを彷彿とさせる歌詞に引っ掛かりを覚えたものの、まさか、そんなはずはないとかぶりをふって水道を止めた。
 そもそも、恥ずかしいぐらいに直球だけれど、圧倒的にセンスのいい言葉選び。
 あの人とはまるで違う。
 でも、どうしてだろう。
「意識してなかったけど、このボーカルいい声してる……」
 まるであの人がギターをかき鳴らしながらそこで歌っているかのように、感じてしまう。
 おかしな話だ。金がなくて空腹で死にそうになっていたストリートミュージシャンと、国民的バンドのボーカルをかぶせてしまうなんて。
「配信されたら、買おうかな」
 夕食時のピークに合わせてできる下ごしらえをしながら、ラジオから聞こえてくるその曲に耳を傾けた。
 心の奥がじわりと温かくなる。ずっと聞いていたくなる。そんな歌声だ。
 でも同時に、あの人の姿が脳裏に浮かんでぎゅっと胸が苦しくなる。
 もう来ないかもしれないけれど、次に来たときには誤解を解こう。貴方が食べているのは父のカツレツで、あの真夜中のカツレツは見習いの試作品だったのだと、謝ろう。
 ひととおり下ごしらえを終えてフロアに顔をだすと、ちょうど父が休憩から戻ってきたところだった。両親のふたりで切り盛りしていることもあって、昼食と、夕食の忙しい時間の合間を見計らって三十分だけ店を閉めて休憩時間にしている。もちろん、お客さんが途切れずに来店することもあるので、休憩が取れないこともあるが。
「お疲れ様です」
「三時から、開けられるか」
「はい。下ごしらえ終わってます」
 レジスターで昼間での売り上げを確認していた母も、小さくうなずき、店を再開させる。
 すると、数分も待たずに早速来店したのは――
「あ」
「やぁ、久しぶり。君のカツレツが恋しくて、たまらなかったよ」
 あの人だ。なぜかよく似ていると感じてしまった歌声につられて脳裏に描いた姿よりも、どことなく小ぎれいになっている。無精ヒゲもなく、ボサボサだった髪も整っていた。しかしながら、服装は首元がよれたTシャツに長年履いていそうなジーンズという、いつものもの。
「……い、いらっしゃいませ」
「ランチ終わっちゃったよね。じゃあ、カツレツとライスとスープで」
 ほとんど無意識に注文をとったものの、はたと気づく。先ほどの決意をここで示さずにどうする。いい機会じゃないか。
「あ、の。その、カツレツなんですけど」
「え! もしかして、売り切れ?」
「あ。いや、そうじゃなくて」
「はー、よかった〜、だったら食べさせてほしい〜、腹が減って〜、死にそうなんだ〜」
 また歌い出した彼に、背後の母がくすくすと笑っている。
 せっかく、誤解を解こうと思ったのに決意を吹き飛ばすには十分なそのめちゃくちゃな歌は、店内中に響き渡っていた。
 しかし、本当に聞き入ってしまいそうになる歌声だ。
「カツレツにスープに、大ライスです」
「ふふふ、久しぶりに聞いたわね」
「他のお客さんがいないからいいけど、迷惑だし」
「そう? 元気でたんじゃないの?」
「え?」
「午前中より、いい顔してるわよ」
「なっ」
 耳を赤く染めて、そんなことないとかぶりを振ったが母の目は誤魔化せない。

 嘘を解消できずに重ねたまま、また、会えるかなと期待する心が確かにそこにあった。




2018/05/25 サイト公開 | 2018/03/04 J.GARDEN44発行無料配布本に掲載


 
 
 

 
 
 

 
 
 

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