bl novel #19

almost the same

「らっしゃいませー、喫茶店いかがっすかぁ」
 実にやる気のない間延びした声に対して、くすくすとバカにした笑い声が耳に届く。
 別にやる気がないことを笑われているわけじゃないことはわかっている。理由はこの見た目が強烈すぎて笑われているのだ。
 そりゃ、身長一八〇越えの大男が、筋肉が隆起していてすね毛だらけの生足を曝けだして、動くたびにめくり上がってくる短いチャイナドレスの裾をおさえながらプラカードを担いでいたら、誰だって笑いたくもなるだろう。オレだって、自分のことじゃなかったら笑う。
 今日は校内生だけでなく一般開放をしているので余計だ。
 うちの学校は最近時代の流れにのって共学になったものの、まだまだ男子生徒のほうが多く、公立高校だけれどスポーツが強いことで有名だ。様々な種目で全国大会にも名を連ねており、有名選手も輩出しているためか、現役選手たちへの注目もあるしファンもいるらしい。
 だから、そういった有名選手を目当てに足を運んでくれる女子高生も多かった。そしてそれを大いに期待しているのが、我が校生徒の大半を占めている一般の男子生徒たちだ。
 あー。文化祭なんか中止になればよかったのに。
 女子生徒を求める大半に属さない自分にとっては、正直、マジで、本当に、辞めてほしいイベントでしかなく、こんなことなら先月台風のせい中、小規模に変更して平日に無理やり開催した体育祭を延期にして、今日のように良い天気の休日に執り行い、思いっきり身体を動かしたかった。そのほうが……かっこいいところをみせられたのに。
 辛気くさいため息ばかりで肩はどんどん落ちていく。あまりサボっていると接客をヤラされる羽目になるが、楽だと思って立候補した広報担当もただの晒し者のようで楽じゃなかった。
 大体、広報担当まで女装させる意味あるか? コスプレ喫茶とか、意味がわからない。
 大会に向けた練習でいっぱいいっぱいになっているときに勝手に決まって、勝手に接客フロア担当という役割を与えられていたので、全力で断わった。
 だってお前、ずっと喫茶店でバイトやってるじゃん? 慣れてるだろ?
 だからだ。バイトはいい。慣れてるし、こんなふざけた格好もしないし、そもそもあそこには癒やしが詰まっている。好きでやってるから続いているんだ。
 でもこれは違うだろう。
 うちのクラスに貴重な女子生徒は残念なことに割り振られなかった。そんな中で、文化祭のクラスの出し物になぜコスプレ喫茶を選んだのか。男がコスプレをする。それだけならまだよかった。執事喫茶というものも世の中にはあるらしいし。しかしなぜか決定したのは女装縛りのコスプレ。出し物決定会議にでなかったから経緯はわからない。悪目立ちして客を呼ぼうという算段なのだろうか。完全に、これじゃあ逆効果じゃないか?
「……らっしゃいませー、三階のD教室で喫茶店やってまーす」
「あ、の」
 声をかけられてビクッと身体を跳ねさせる。雑踏にまぎれて聞き逃してしまいそうな、とてもか細い声だった。
 親兄弟は呼んでいないし、あの人は仕事があるはずだから、個人的に声をかけられることなどないと踏んでいたので、驚きが何倍にも膨れ上がっている。
「はい?」
「い、いつも、試合、拝見してます、あの、これ、受けとってください」
 震える手で差しだされたパステルカラーの封筒。これが俗に言う、ラブレター、というものか。
 男なら誰もが憧れるシチュエーションで、一度は夢見る光景だ。
 オレが、短めのチャイナドレスを着ていなくて、ピンク色のカツラもかぶっていなくて、バケモノみたいな化粧をしてなければ、だが。
 でももし、こんな格好をしていなかったとしても、今のオレにとってはすでに憧れのシチュエーションではなくなっていた。
「――ごめん。オレ、付き合っている人いるから、受けとれない」
「……え」
「ほんと、ありがとう。応援してもらってるの、すごい嬉しい。けど……ごめん」
 看板をおいて深々と頭をさげる。すると、勇気を振り絞って声をかけてくれたであろう他校の女子生徒は、目にうっすら涙を浮かべて走り去ってしまった。少し後ろに、数名の友人が見守っていたらしい。ものすごい、鬼の形相でにらまれている。
 いや、でも、ここで受けとったって、断わるだけだし。むしろ真っ正面から謝って断わったんだから、不誠実ではなかったはず、じゃ、ないのか。
 こんなことは初めてで自信がなくなってくる。
 だっていつだって、オレは、追いかけるほうだったから――
「いいねいいねー、青春だね」
「うわぁっ!」
 看板を放り出しそうになったがぐっと堪えたオレを誰かほめてほしい。
「っと、そんなに、驚かなくても」
 今度はここにくるはずのない人の声が聞こえただけでなく、肩をたたかれたのだから驚くに決まってる。
「なんでいるんっすかっ!」
「なんでって、そりゃ、いつもがんばってくれてるバイト君の勇姿を見届けようと……」
 肩に置かれた手を振り払う勢いで振りかえったオレは、脳天気ににこにこと手をふる人の良さそうな笑顔にがっくりと脱力してしまう。
「仕事は? 店、どうしたんっすか」
「なおちゃんにお願いしてきたよ。ちょっとだけ抜けてきた」
「いや、そこまでして、こなくても」
「気になるじゃん? 働き者の君が喫茶店やるって聞いたら、店長としてはチェックしないと」
「……それ、誰情報……」
 自分は言ってない。断じて教えていない。気持ちが悪い女装をさせられることがわかっていたから、絶対にきてほしくなかったのだ。
 これがもし、執事喫茶のまねごとだったら? せめてもっとちゃんとした喫茶店だったら。
 それでも、必死に誘った最後の体育祭を見に来てくれなかったこの人を、呼ぼうという気にはならなかっただろう。ガキみたいだけど、正直、めちゃくちゃいじけている。
「同じクラスの子がうちの店で会議やってたの知らなかった? ああ、ちょうど、大会で忙しいときだったかもね……フロア任されるって聞いたけど、客寄せ担当になったの?」
 試合だって、一度も見に来てくれたことはない。いつも、店があるから。仕事があるから。わかってる。土日だって仕事があることぐらい。それでも、きてほしかった。粘って粘ってねばりまくってようやく恋人になれた相手に、オレが一番かっこいい、と勝手に思ってる瞬間を見に来てほしいと考えるのは、普通だろう。
 それなのに、なんでこんなところばっかり見に来るんだ。
「フロアはさんざんやって、やり飽きてるんで」
 吐き捨てるようにそう言うと、少しだけ、表情を曇らせた。
「そっか」
「あ」
 傷つけて、しまっただろうか。いやでも、こんな姿見られてオレだって傷ついてる。オレが傷ついたら相手も、しかも好きな人を傷つけていいのかってそうじゃないけど、恋人にこんな姿をみられたくなかったって気持ち、少しはわかってほしい。
「勝手にきてごめんね。そろそろ忙しくなるかもしれないし、帰るよ」
「え、もう……? なにも、みていかないん、っすか」
「……うん。目的は、達したから」
「それって」
 やっぱり、女装してるオレをみて、笑うためにきたのか。
 事実を突きつけられたようで、オレはぐっと下唇を噛みしめる。
 いつもいつも、オレばっかり好きで、あまりにしつこいから仕方なく付き合ってくれてるって、わかってる。でも、こうもはっきりと態度にだされると、さすがに辛い。
 チャイナドレスの大男が心底落ちこんで肩を落としている姿は、さぞ滑稽だろう。
「君がさ……うちの店以外のフロアで活き活きしてたら、やだなって思ったんだけど、ここにいてくれて……正直、ほっとした」
「……は?」
「あと、さっきの子の手紙。受けとることさえしなかったのも……嬉しかった」
「え、え?」
 風向きが、変わる。
「それから……フロアにもう飽きたなら、次からカウンターにしよっか。コーヒーの淹れかた覚えたいっていってたよね?」
「……あ、はい、言いましたけど……」
 それは少しでもあんたに近づきたくて、話がしたかったから、なんて言ったら怒るだろうか。
 でもこの流れでは、怒られないんじゃないか。
「うちの店にも君のファンがちょこちょこいたから、気になってたんだ」
「そう、っすか?」
「そうだよ。君の周り、かわいい子いっぱいいるし。大会とか体育祭なんて、そういう子たちに囲まれてるんだろう?」
「いや、んなことないっすけど」
 待て。ちょっと待ってくれ。もしかしてこの人が、どんなに誘っても大会にこなかったり、あんなに必死にお願いしても体育祭にこなかったのって。
「……若い子同士のやりとりをみちゃうとさ……落ちこむんだよね。もう、こっちはいい年だし」
「なっ、あんたそんなこと、一言もっ!」
「言わないよ。言ってない。だってかっこわるいだろう? こんなオジサンの戯れ言」
 オレが、今日、呼びたくなかったのと同じ理由だったのか。
 いつだって余裕があって、つかみどころがなくて、いっつもオレのこと、子ども扱いしてくるのに。本当は、嫉妬してくれてた? オレの周囲の環境を気にしてくれてた?
「君はとても落ち着いてて、大人っぽいから、忘れちゃうんだ。年相応な姿をみると焦りそうで……でも見てみたくて、我慢できずに、今日はきちゃったけど……気分悪くさせてごめんね」
 オレが考えているよりずっと、オレのこと……見てくれてるの、かな。
「オレは少し、気分がよくなった、かな」
 満足そうに微笑んだ彼はそれじゃまた店で、と言い残してさっさと帰ってしまう。
 呆然と見送る背中は少し急いでいて、風になびく髪が一瞬だけ見せてくれた耳がうっすらと赤らんでいたのを、確かにこの目に焼きつけた。
 オレは、華やかなオレンジのチャイナドレスには似つかわしくないすね毛と鍛えあげた筋肉を携えた足を晒し、頭にはピンクのカツラをのせ、化粧で不自然に染まった頬と真っ赤な口紅がはみ出しているという恐ろしい姿のまま、しばらく、実に間抜けな表情で立ち尽くすことしかできない。でも現金な心は、一瞬で満たされた。

 そして、文化祭という存在に初めてありがたみを覚え、しみじみと、噛みしめていた。




2018/10/26 サイト公開 | 2018/10/21 J.GARDEN45発行無料配布本に掲載


 
 
 

 
 
 

 
 
 

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