bl novel #21

水心、魚心、知らず

 顔をあわせた瞬間に大きなため息をつかれると、正直、胸が苦しい。
 でもこれも毎度おなじみの反応になっているので、もう、慣れっこだ。
 どうせ慣れるなら、発した痛みに慣れるのではなく、痛みそのものを発しないように感覚が麻痺してしまってほしい。
 強く願うけれど、残念ながら、そうなれるほど大人ではなかった。
 人生経験は浅く、心の内側から叫びだしたくてしかたがない初めての感情を必死に抑えこんでいるだけで精一杯だ。前にも後ろにも身動きがとれないため、ただひたすらにその場に立ち尽くして不器用な反応で誤魔化すしかない。
 もうちょっとうまく立ち回れたら。もっと折り合いをつけ、割り切ることができたら。
 つまりは、大人になれたら。
 どんなによかったことだろう。
「……相手探してるわけでもないのに、よくきますね」
「おまえが働くのをやめてくれたら、こなくてすむんだけどな」
「なにいってるんですか」
 気づかうようなことをいって優しいふりをしているけれど、本音はたぶん違うところにある。
 ここは外向けにはただの飲食店だけれど、男女問わず一夜のパートナーを探している者たち、特に同性のパートナーを探しているものたちばかりが集まってくると噂の場所。
「冗談じゃ、ないんだが……」
 周囲と自分の違いをはっきりと意識したのは、小学校の高学年だった。
 よくあるシチュエーションだ。
 修学旅行でテンションのあがった友人たちの話題が好きな異性に及んだときに、自分はなにひとつ答えることができなかった。だれだれ好きだの、どの子がかわいいだの、まったくわからない。
 もらえたチョコの数を競うバレンタインデーへの関心も薄く、中学のときにクラスいちの美人だと言われていた女子生徒から呼びだしをうけても、心ときめくことはなかった。
 むしろ、同性の友人たちと戯れに触れあう瞬間のほうが緊張し、心臓が早鐘を打った。
 その感覚が、自分の中の当たり前が、世間一般的な「普通」とかけ離れていると気づき、怖くなってとにかく隠した。隠さなければいけないと、本能的に感じた。
 でも、本当に隠さなければいけないのか。自分としては「普通」のこの感覚は、間違っているのか。さらにいえば、自分自身の抱えているものが本物なのかどうか、誰かに教えてほしかった。だから、そういった話を聞いてくれる相手がほしかった。そうして、インターネットの検索エンジンから辿り着いた匿名掲示板に書かれていた噂を元に、辿り着いたこの飲食店。
 青い悩みを抱えて飛びこんできた青少年を面白がって雇ってくれた店長は、豪快な性格の裏に細やかな気づかいを隠していて、いつも助けられている。
 見知った顔と鉢合わせてしまったときも、そうだった。
「センセ、今日もいらっしゃったんですねー」
「マスター、いい加減こいつをやめさせてくださいよ」
「そういわれましてもねー。うちは健全な店ですから、本人が辞めたいと言わない限り、辞めさせる理由がないんですよー。実際、彼のおかげで店は助かってますし」
 通っている高校の、しかもよりによって担任教師が、店のドアを開けて入ってきた瞬間の、背筋が凍りついたあの感覚を今でも鮮明に思いだせる。
 同時に、こんなわかりにくい場所にある店に、わざわざ足を運んだと言うことは、彼はそういう趣向でそういう相手を探していることだわかり、どこか仄暗い感情が押しよせてきた。
 ほら、よくあるじゃないか。
 恋愛ものの漫画やドラマでよくあるやつだ。
 自分と彼は、偶然秘密を共有してしまった。そこからはじまる物語。生徒と教師という禁断の関係にプラスして、秘密を共有していることがいつしかふたりを結びつける強い絆になっていく、という、ありきたりな展開。
 一瞬でも、そんな夢をみてしまった自分を、あざ笑ってやりたい。
 ありえない。だってありえるはずがない。あくまでフィクションだから、起こりえることで、実際はそんなことはありえないのだ。
「それよりもセンセ。店の噂を信じて彼をやめさせたいのはわかりますけど、それはセンセにとってご都合が悪いからじゃないんですか?」
「ちょっ、マスター、なにを言って」
「まさか生徒に、そういうお相手漁ってるところ見せるわけにもいきませんもんねー」
 どんっ、という音が思っていたよりも大きく響いて、グラスを持っていた手が濡れる。
 何で濡れたんだ、と疑問に思った次の瞬間には、はっと我を取り戻して慌てた。そんなに勢いよくグラスをテーブルにおいたら、中身が飛びでるに決まっているじゃないか。
「す、すみませんっ」
 彼がいつも頼むレモンサワー。オーダーが入ったわけではないけれどさっさと作って持ってきたところに聞こえた会話がこれ以上聞きたくなくて、無意識に全身に力が入ってしまった。
「大丈夫か、怪我は?」
 不快な冷たさを覚えていた手が、いつのまにか温もりにつつまれる。
「あ、いや、ぬれただけです」
 辛うじて答えたが、ばくばくと心音が大きくなっていて、周囲に聞こえてしまっているのではないかと心配だ。めまぐるしい展開に頭がおいつかない。
 だって、グラスを持っていたはずの手が、いつのまにか先生の両手に包まれている。温かいおしぼり越しではあるが、ごつごつとしたその手の大きさを意識せざるを得なかった。
「そうか……手を滑らせたんだろう? グラスが割れなくてよかったな」
 なにも答えられずにうつむいたまま、耳にまで返ってくる高鳴りがうるさくて気になってしかたがない。そうさせているのは、この手がずっと、触れあったままだから。
 離してほしい、でも、離してほしくない。
 相反するふたつの感情がぐるぐる渦巻いて、脳みそがパンク寸前だ。
 思考がすっかり停止しそうになったそのとき、助け船をだしたのは、
「新しいの作ってくるから、テーブル綺麗にしておいてくれるぅ?」
「え、あ、はい、すみません、すぐやります」
 にんまりといやらしく弧を描いた店長。
 がばっと振り払うように先生の手から離れると、すっかり中身が減ってしまっているグラスを持ちあげ、テーブルを拭いた。
 あぶない。ほんとうに、あぶなかった。
 このままの状態でいたら、耳まで真っ赤になっていたことだろう。
「先生は、その、服とか、濡れてないですか」
「ああ、俺は大丈夫だ」
 頬には熱がともっていて、もしかしたら朱色に染まっているかもしれない。この薄暗い照明の中で、気づかれないことを願うしかなかった。
 ――やっぱり、こういう場面に遭遇すると、はっきりと思い知る。
 自分は同性との触れあいで心を高鳴らせるだけじゃなく、今は顔を見ただけで大きなため息をつかれるほど嫌われている教師相手に、熱をあげてしまっているのだと。
 店長のいうとおり、自分がいては一夜の相手を物色できずに迷惑なのだろう。
 気づかう言葉も優しいふりも、心配からきているのではなく、あくまで自分をここから追いだすためのもの。だから、週に何度も、それこそ休みの日だって店に足を運んでは、自分の姿を見つけて落胆する。申し訳ないと思う。でも、彼は、自分が働いている限り、ここではそういう相手を捕まえることができないとわかっているから、辞めるわけにはいかない。
 むしろ、学校以外のところで顔をあわせられるチャンス。
 結局のところ、どんな反応であっても、それが例え嫌悪感を蓄積させる結果であっても、彼に意識されていたい。
「なあ……どうしても、ここのバイトやめないのか」
「……やめないです」
 自分を、少しでもいいから、見てほしい。
「はぁ……そうか」
 胸にチクチクと痛みを発するため息でもなんでもいいから、自分だけに向けられる彼の感情がほしくてたまらなかった。
「じゃあ、せめて、その……ユニフォームだけでも、もうちょっとこう、学生っぽいものに変えてもらえないのか」
「え?」
 思いがけないことを唐突にいわれて、首をかしげる。
 着ているのは、店長から与えられたごくごく普通にカマーベスト。飲食店、とくに夜だけ営業しているバーに近いこの店の雰囲気にはよく馴染む、ありふれたユニフォームだ。
「あー、似合わないっすよね、これ」
 ただ、まだまだ高校生であり、幼い顔立ちの自分がきているのが、おかしいのだろう。
 なるほど、ため息の原因はこんなところにもあったのか。
「いや、似合わないどころか、似合いすぎてるから、やめたほうがいい、というか……うん」
「は?」
「お待たせしました〜、レモンサワーですぅ!」
 先生がなにかもごもごと口にしていたが、よく聞き取れず、店長の大声にかき消される。作り直されたレモンサワーが、今度は静かにテーブルのうえに置かれた。
「向こうの方の注文、とってきてもらっていい?」
「あ、はい」
 バツの悪そうな表情をうかべた彼がなにをいいたかったのか、結局わからなかったけれど、その席を離れるときに店長が浮かべていたのは、あまり見たことのない深い笑みだった。




「センセ、お店の子に手をだされますと、大変困りますが」
「…………はぁ……かんべんしてくださいよ、マスター」
「だめですー。うちの可愛い子に危ない橋はわたらせませーん。卒業まで我慢なさい」
「じゃあ、本当に、せめて、あの、えろい服装を変えてくださ」
「それもだめですー。邪な目でみないでくださーい」

 背後でそんな大人たちの会話が繰り広げられていることも、この店に通う先生の思惑も、青い悩みを抱えた男子高校生は知らない。知る由もないことだった。




2019/10/16 サイト公開 | 2019/10/06 J.GARDEN47発行無料配布本に掲載


 
 
 

 
 
 

 
 
 

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