E.F.K parody story

E.F.K × オメガバース [ ハジマリ ] 1



この世の中はなぜこんなにも
思い通りにならないことであふれているのだろう。


生く末を自らの手で切り開く意思を与えながら、
共に生きる相手を自らの手で決めさせないなんて。


だったら、意思など与えなければよかったのに。
心など与えなければよかったのに。


なんて、理不尽なのだろう。






[ side α1 ]


 朝、目を覚まして隣にぬくもりがあることに、安堵を覚える。
 長年の願いがようやく叶って手に入れた最愛の人。
 起こさないように慎重に髪に触れる。柔らかなその感触に、自然を頬が緩んだ。

 もう絶対に、この存在を手放しはしない。

 そう想っているのは自分の勝手で、エゴ以外の何者でもなかった。彼にとっては実に迷惑な話だろう。これから彼が手に入れるはずのごくごく一般的な幸せを奪い取って、ここに、この腕の中に閉じ込めておくことは、決して彼のためにならないとわかっている。
 でも、もう、無理なのだ。
 運命にあらがって、心を決めてしまった。
 いつか現れるかもしれない運命の相手など、いらない。
 必要ない。
 この子が、自分にとって、唯一無二の運命の人なのだから。
 髪に触れ、頬を撫で、そっと額に口づけながらの誓いは毎朝の儀式になっている。深い眠りについている彼は目を覚まさない。ときどき触れあう温もりに気づいて目覚めるときもあるけれど、今日はぐっすり眠らせてあげたい。
 昨日、かなり、無理をさせた自覚があるので。


 この世界は実に理不尽だ。
 産まれてから一度だって幸せだと思えたことなどない。産まれたことに疑問を覚え、生きていることの意味を見いだせず、しかし死ぬ勇気など持ち合わせていない。ただなんとなく過ぎている時間の中で、唯一強く感じる理不尽さに嫌悪し、心の中で牙をむく。しかしあくまで心の中でだけ、だ。
 感情はほとんど表に出てこない。いや面倒なので意識してださないようにしているうちに、出てこなくなってしまった。毎日繰り返される無意味な怠惰にどんどん心が冷え、深い水の底へ沈んでいく。抜け出すきっかけになりそうなターニングポイントはいくつかあった気がするが、そのたびに、むしろ感情は凍り付いていたように思える。ポーカーフェイスとはよくいったもので、そのため口数も少ない。必要以上のことは話さないため、同じマンションに暮らす隣人であり従弟である男からは、都合の悪いときのだんまりまじでやめろ、と常々注意を受けていた。そんな指摘に対してさえ返答に困ってまた黙るので、相手にため息をつかせてばかりなんていつものこと。
 それが、桐沢凌という面白みのない個体だった。
 しかし、持って産まれた容姿と性のおかげか、世間の評価は真逆。これにも理不尽さを覚えた。まるでこの世界すべてからの皮肉に思えてならない。
「ただ黙ってこの世界のために仕事だけしてろっていう、神様からのお告げなんじゃないですか?」
 いつだったかある男が言い放ったそんな言葉は、実に当を得ていたのでなにも言い返さなかったのだが、
「貴方のような男と、同じαだということが、本当に残念でならないですよ」
 と大きなため息まじりに落胆されて初めて、この男が自分を試していたのだと気づくことができた。
 世間の目とは違い、凌に対して正当な評価をくだすことができるのは、彼が自分と同じαという性を持って産まれた男だからだろう。今までαの性を持った相手と出会わなかったわけではないが、深く関わりを持つことを避けていた。
 男と女という大きな二つの枠組み以外に、思春期になると突如として与えられる第二の性とも呼ばれる三つの区分けが鬱陶しくてたまらないからだ。
「ねえマスタ−、番見つかった?」
「いえ」
「マスターもいい年なんだから、そろそろ運命の相手が現れてもおかしくないのにね」
 カウンターに座る客からこんな言葉を投げかけられることも、珍しいことではない。αの性を持ったものにとっては、避けられないやりとりなのだろうが、凌にとってはこれこそが原因でポーカーフェイスになってしまったと言っても過言ではなかった。
 しかし、そんなαという性に感謝したことが二度だけある。
 一度は、この店の常連で有り、隣人の従弟の番であると勘違いされているとき。少々特殊な事情を抱えた従弟に、変な虫が寄りつかない口実になっていい。彼に本命らしい相手が現れるまでいくらでも勘違いされているつもりだ。
 そしてもう一度は。
「ねえ修司くん、マスターからそんな話聞かないの?」
「さぁ。マスターは秘密主義者なんで、オレにはわからないです」
「えー、そうなんだ。こんなバーやってるぐらいだから、てっきり自分の番探ししてるのかと思ったけど、なんかマスターって不思議だよねー」
「ですね」
 見習いバーテンダーとしてこの店で働いてくれている彼、塚田修司(つかだしゅうじ)との出会いをもたらしてくれたこと。
 自分がαでなければ、修司と出会うことはなかったと思っている。しかしながら、今は自分がαであることが憎くて仕方がない。
「しゅう」
「上の席の方が呼んでるので、行ってきますね」
「……頼む」
 修司は自分がβであるため、αである凌と釣り合わないと考えてしまっていた。
「なんか修司くん元気ないね」
「……ご心配ありがとうございます。伝えておきます」
 誰のせいだといらだちをあらわに声を荒げたい衝動を必死に隠す。こういうときに、顔に表情が出ないことが役立つとは修司に出会うまで知らなかった。
 年齢は、早い者なら十をすぎたころだったりもするらしいが、だいたい平均して十五のころにその性に目覚めると言われている。
 現在は簡単な尿検査と血液検査で判明するため、義務教育を終える際に検査を受けることが義務づけられていた。自らの将来に大きく関わってくることなので、きちっと保険や道徳の授業で性に対する理解を深めた上で検査を行い、それぞれ新しい生活に旅立っていくまでが、義務教育とされている。基本的に、よほど特別な事情がない限り、検査を受ける前に就労することはできない。
 一昔前までは、見目や本人の自己感覚からの区分けが一般的で、検査も積極的に行われなかったそうだが、当然のように差別や偏見があふれてしまい、世界レベルで人権問題へと発展した。
 それは、第二の性によって明らかな優越がついてしまうからだ。
 人口比率でいうところの、大部分を占めているのはβと呼ばれる性。この世が一〇〇人の世界だったら、実に八〇人がこの性であることを定められて産まれてくる。彼らは経済的に平均的かそれを下回っているかにとどまり、そのほとんどは役職を持つことのない労働者となり、実に平々凡々な容姿と能力を持つと言われていた。これが一つ目の区分け。
 次に人口比率で多く存在するのが、αと呼ばれる性だ。一〇〇中の一五人ほどが優秀さだけを集めた遺伝子を持ち、将来を約束されて産まれてくる。活躍する分野は多岐にわたるが、特にカリスマ性に優れていると言われている。良くも悪くも人を引きつける存在であるがゆえに、会社役員や政治家はもちろんのこと、高度な技術を必要とする専門職、芸能人、プロスポーツ選手などの多くがαの性を持って産まれていた。そのため、結果的に裕福になることが多い。βからするとあこがれの存在といえるだろう。
 このようにαとβの違いは歴然で、産まれてきた性によってその能力も生き方も定められてしまっているようなもので、どんなに努力しても絶対の超えられない一線があることが差別的であると唱える学者もいる。しかし問題はそこではない。
 最後の区分けであるΩと呼ばれる性が、多くの問題を孕んでいる。
 Ωは人口比率でいうところの、一〇〇人中五人ほどと言われており、極めて珍しい性である。能力的に特に優れているわけではないが、その容姿はα以上とも言われ人目を惹くのだが、そこに最大の問題があった。
「あ、奏(かなで)さんいらっしゃいませ。いつもの席にどうぞ」
「おう。今日はなんか混んでるな」
 彼らには二ヶ月か三ヶ月に一度の周期で「発情期」があり、女性だけでなく男性も妊娠が可能な身体を持っている。その時期になるとまさに動物の発情期のように本能で番を求めるのだ。発情期の最中はとるものも手につかず、とにかくその身に我が子を宿すことのみに意識を集中させ、甘い香りで番となるαを誘う。Ωの発情期に反応すると、αは男女共に妊娠させることが可能な身体となり、運命の番を見つけることができたならば、二人は決して揺らぐことのない強い絆でむずばれて生涯添い遂げると言われていた。しかし、圧倒的にΩの性を持つ人間とαの性を持つ人間の個体数があり、番と出会うことなく一生を終えるαも珍しくない。
 もちろん、Ωも必ず番であるαに出会えると決まっているわけではないが、まだ運命の番と出会えていないΩの発情期ほどやっかいなものはなかった。とにかく自らの番を探すために強烈なフェロモンで存在を主張するため、酷い場合だと周囲にいる人間すべてがその甘い香りに自我を喪失するとさえ言われている。
 Ωが求めている運命の番はその身に子を宿してくれるαであり、発情期のΩが発するフェロモンで誘い出しているのはαだけなのだが、残念なことにβにも有効だった。さらに言うと、Ωの身体はβでも妊娠させることができてしまうため、問題も差別も偏見も多発している。
 近年では、放出されるフェロモンから感じる甘い香りを抑制したり、そもそも発情期自体を抑えるためのよい薬が開発されているため、Ωが一般社会に溶け込むことができているが、抑制剤などが存在しなかったころは発情期のせいで仕事にならず、一般的な生活とはほど遠い暮らしを強いられるΩは多かったという。また、Ωに対する理解がさらに浅かった国などでは、Ωと判明すると運命の番が現れるまで隔離したり、専用の施設に預けてしまっていたなんて話も今に伝わっている。
 現れるかどうかもわからない番を待ち続けて、狂おしい発情期をすごすΩの気持ちなど、とてもではないが計り知れない。
 本当に、この世の中は理不尽だ。
 こんなシステムにするのならば、運命の番とやらも血液検査でわかるようにすればいいだろうに。
 もっと言えば、Ωという性を持って産まれたものの隣にでも、必ず運命の番であるαが生まれ落ちるシステムにすればいい。
 この世の中を作ったなにかは、まるで、人間が悩み苦しんで暮らしている姿を楽しむために、こんな複雑な形をとったように思える。
「ロフトのお客さまから、カクテルの注文です」
 耳に馴染む軽やかな声に呼ばれて顔をあげると、視線を送る先に最愛の人が笑顔を浮かべていた。
 しかしその笑顔は曇っている。
「おねがいします、マスター」
「……ああ」
 今すぐこの腕にかき抱いて、不安そうに笑う彼を安心させたいけれど、それはかなわないし根本的な解決にはならない。
 どんなに強く抱きしめても、身体を重ねても、この世の中のシステムが、運命とやらが彼の不安を消し去ってくれなかった。
 いったいどうすれば、運命の番など現れないとわかってくれるだろうか。運命の番と出会うことを約束された三分の一のαではなく、出会うことのない三分の二のαであると、わかってもらえるだろうか。
 なぜ自分が、αなどという不必要な性を持って産まれてしまったのだろうか。


 世の中は、なぜこんなにも、理不尽なのだろう。