E.F.K short story #02

ハムハム?

 ことの始まりはテレビを見ていてのことだった。
 おなかいっぱいでうとうとしていた穏やかな昼下がり。
 主婦が好きそうなワイドショーで、人気女優を女豹に例えているコメンテーターの言葉を聴いた修司が、こんなことを凌に尋ねた。
「マスター、オレを動物に例えたらなんだと思いますか?」
「……動物?」
「はい。オレは、マスターは動物っていうか鷹とか鷲みたいな大きな鳥のイメージがあります。オレは何に見えます?」
「そう、だな」
 凌は滅多なことで修司に隠し事をしないようにしている。
 だから、思ったことをそのまま口に出したのだが――この場合、それは大きな間違いだった。



 むすっとした顔をして管理人室のパイプ椅子に座る修司を、終始面白そうに眺める奏。
「いや、お前は普通にハムスターだろ」
「なんでですか! せめて犬とか、もうちょっと動物らしいのを言ってほしいです」
「むりむり。なんだったら、マンションの連中に聞いてみ?」
 奏がふと二枚の自動ドアへ視線を送ると、ちょうど学校から帰ってきた八階住人とその友人が、エントランスに入ってくる。いいタイミングだとばかりに、修司が二人をつかまえるために管理人室を出た。
「お帰りなさい」
「あ、修司さん。ただいまー」
「ただいま」
「ちょっと二人に聞きたいんだけど……いい?」
 二人は何を聞かれるのか疑問を感じながら顔を見合わせるが、うなずいてくれる。
 修司はニコっと微笑んで本日三度目の問いを投げかけた。
「オレを動物に例えたらなんだと思う?」
「Hamster!」
 すかさず答えてくれたのは、修司から見て右にいた黒髪の少年――清志だ。
「なんだそれは」
 しかし、それを知らないのか、左にいた金髪の少年は首をかしげてまじまじと清志を見つめる。
「王子、知らない?」
「聞いたことがないな。どんな動物だ?」
「ペット用のネズミだよ。これくらいで、手のひらに乗っかって、可愛いんだ。修司さんにぴったりだと思う」
 清志のハムスターの説明に大きく納得して修司を見る。まさか年下の二人にまでそれを納得されるとは思わず、修司は答えてくれた二人に礼もいわずにとぼとぼと管理人室に帰ってきた。
 中から様子を窺っていた奏は肩を震わせて笑っている。
「だから言ったじゃねーか」
「み、みんなおんなじっておかしいですよ! 絶対に違う意見の人がいるはずですっ!」
 変なところで諦めの悪さというか、聞き分けのなさを発揮している修司はエレベーターから降りてきた二つの人影に気づいた。
 すぐに管理人室から出て駆け寄る。
 人懐っこい笑顔で「しゅーじー。どーしたんだ?」と声をかけてくれたのは、ジーンズとTシャツというとてもラフな格好に身を包んだ青年だ。
「龍太さんに聞きたいんですけど、オレ、動物に例えるとしたら何だと思います?」
「へ? どうぶつに、たとえる?」
「彼が動物の何に似てるかってこと」
 何を言われたのか理解できなかった龍太へ、的確なフォローを入れた巽にも同じ質問をしようとしたが。
「あの、白くてさ、ちっさくってさ、ペットにできるねずみいんじゃん! あれだよ」
「ハムスターのこと言ってんの?」
「あ、そうそう。それだそれ! ハムみたいな名前のねずみ!」
「俺もりゅうと同意見かな。あとは、リスとか?」
 追い討ちをかけるようなもう一つの名前も、修司にとってはまったくうれしくない例えだ。
 わざわざ足を止めて答えてくれたことに礼を言って、修司は大きくため息をついた。
 そんなとき。
「あれ? 珍しい三人組だね」
 ずいぶん早い時間に思えたが、高校教師をしている男が帰宅したようだ。
 修司はぱっと表情を明るくして毎度の質問を投げた。
「お帰りなさい、先生! オレ、動物に例えるとなんだと思います?」
「え? 君を? んー……なんだろう。何が合うかな」
 真剣に修司を見つめて、頭を悩ませてくれる先生に希望の光を見た修司は、きらきら輝くまなざしを向ける。
 しかし、もともと外へ出る予定だった巽と龍太が彼の横を通り過ぎたとき。
「ハムスター」
 悪魔が耳元でささやく。
「ああ! そうだ。ハムスターは合ってるかもしれない。すごくかわいらしいし、働きものなイメージもぴったりじゃないか」
 その単語はしっかり先生の脳内でインプットされてしまい、それ以上彼が思考を巡らせてくれることはなかった。
「た、た……巽さんの意地悪っ!」
 もう自動ドアの向こう側へ行ってしまった背中へ、思いっきりたたきつけた修司。先生がぎょっとする。
 普段滅多にこういう姿を見せない修司だ。頬を膨らませて顔を赤くしているのがまた、ハムスターと酷似して、先生は思わず手が伸びていた。
「……え?」
「あ」
 膨れた頬を突っつくように、先生の指が修司の頬に触れた瞬間。
「――何してんの、せんせ」
 冷たい声がエントランスに響いた。
「き、きよ!」
「ずいぶんやっさしー目しちゃって。せっかくメール見たからオレ迎えにきたのに、お邪魔だった?」
「そそそそそ、そんなことないよ。清が迎えに来てくれてすっごいうれしいって」
「そんな風には見えないけど? 修司さんがお迎えしてくれたほうが、うれしいんじゃない?」
「ちょっ! きーよー」
 エレベーターから降りてきたばかりなのに、再び乗り込んでしまう恋人を必死に追いかける先生の背中を、修司はぽかーんと見送った。
 結局、悪魔のささやきのせいで彼の答えも同じだった。
 はぁ、と小さくため息をついて管理人室のドアを開けると、そこには修司を迎えにきたのか凌の姿が見える。
「ってか修司、ほかの奴はともかく、凌には聞いたのかよ?」
「……か、奏」
 いつもだったら高確率で凌の顔を見れば機嫌をなおす修司の頬は、膨れたまま元に戻らない。
 それに加えて奏のこの質問はタブーだった。
「マスターが、一番最初です」
「あぁ、なーんだ。凌にそう見えてんなら、それで間違いねーだろ」
「納得できません! せめてもっと、動物っぽいとか、なんというか、獣っぽいのがいいです!」
「獣……ねぇ」
 もう諦めて家に帰ろうと視線で凌が訴えてきているが、まったく聞き入れず、修司は頑としてその場を動こうとしなかった。
 次にきた人こそ、きっと自分を「ハムスター」に例えないはずだ。
 次こそ。
 つぎこそ。
 そんなとき、エントランスにやってきた男は……。
「おや、修司くん? というか、皆様おそろいで。どうしたんですか」
「新井さん! オレ、動物に例えたら何だと思いますか!」
「え? え?」
「動物です! 動物!」
 修司は興奮しながら仕事を終えて帰ってきた男をつかまえた。
 的確なアドバイスと少し厳しい指摘でいつだって助けてくれる新井なら、きっと修司のことをハムスターとは見ていないはずだと、勝手な確信を持って期待のまなざしを向ける。
 新井はといえば唐突なこの現状を理解しようと、管理人室の中からこちらを見てくる二人の大人を盗み見た。
 すると、明らかに何かを訴えかけてきている視線。
 がしかし、修司にじっと見つめられてしまったため、その内容を詳細に読み取ることができない。

 ――わ、私に、どうしろと……?

 目の前に迫っている大きな瞳と何かを訴えてくる二つの視線に挟まれて、内心頬を引きつらせながらも修司へは余裕の笑みを浮かべてこう口に出す。
「修司くんを、動物に例えればいいんですね」
「そうです! 動物ですよ。動物」
「わかりました……ちょっと考えてもいいですか?」
「ううん。ぱっと思い浮かぶのでいいんです!」
「ぱっとですか。そうなると、修司くんのことはハ――」
 言いかけた言葉は、背中に鋭い視線がグサっと突き刺さって飲み込んだ。
 それを言ってはいけないと、無言の圧力を食らっている。
「は?」
「い、いえいえ、んー、そうですね。なにかなぁ……迷いますね。あ、そうです。リ――」
 再び、言いかけた言葉を飲み込む新井。
 今度は鋭い視線どころじゃない。驚くほどの殺気を感じて何も言えなくなってしまう。
 ハムスターでも、リスでもなかったら、なんと言えばいいのか。
 新井はとにかく内心で必死に考え、修司には悩んでるように曖昧な笑みを浮かべながら、二本の殺気から抜け出す策を探した。正直一本はどうでもいい。だが、一本は無視すると後が怖いのだ。
 そして、たどり着いたのは。
「そうだ。これはどうですか?」
「え! なんですか?」
「うさぎ、なんて、修司くんにぴったりかと思うんですが」
「ウサギ! 新井さん、本当にそう思ってくれてますか!」
「ええ、もちろんです」
「聞きましたか、マスター、奏さん! ウサギですって! 獣っぽいですよ!」
 手放しに喜ぶ修司。凌はよかったな、というメッセージをこめて柔らかな微笑みを浮かべた。ようやく殺気から逃れることができた新井は大きく息を吐き出し、奏が開けてくれたドアの向こう側へ足を進める。
「お疲れさん」
「ははは……なんで、帰ってきて早々こんな目に……」
「ごくろう、ごくろう」
「こういうことなら事前にメールでもくださいよ。射殺されるかと思いましたよ」
「熱視線でうれしかっただろ?」
「そういう意味なら大歓迎ですけどね」
 修司も一緒に中に戻ってきたので、聞こえないように奏は新井へポツリとつぶやいた。
「つーか、一瞬ナイスフォローだと思ったけどよ……ウサギもハムスターもリスも大差なくね?」
「ええ。私もちょっと苦しいと思ったんですが。ご本人喜んでいたようですし、いいんじゃないですか」
「どっちかっつーと、ウサギよりモルモットっぽいよな」
「ああ。そっちでしたね」
 そんな二人の会話を小耳に挟んだ凌が、笑いそうになるのを必死にこらえる。今笑ってしまったら、せっかく機嫌を上向きに変えた修司に不思議に思われてしまう。
 凌が得意のポーカーフェイスで胸裏を隠しているとは知らず、修司は救世主であるはずの新井へと自分が散々苦しんだ質問を無邪気に投げつけた。
「新井さんは、奏さんのこと動物に例えたら何に見えますか?」
「へ?」
「あとは、マスターも」
 凌と奏が再び新井に視線を集める。先ほどの突き刺すような鋭さはどこにもなく、むしろ興味深そうにしていた。
 軽く咳払いをしてから凌を一瞥した新井は、修司に向き直るとニコッと人の良さそうな笑顔を向ける。
「そうですね、マスターは鳥かな」
「本当ですか! そうですよね! 鷹とか鷲とかですよね!」
「……え、ええ」
 新井が一言何かを飲み込んだことに修司は気づかない。
「じゃあ、奏さんは?」
「奏さん……ねぇ。奏さんは奏さんなので、あまりそういう風に考えたことがありませんが」
「今、ぱっと思いつくのでいいです」
「うーん。そうですねぇ」
 修司とのやり取りに笑っていた奏を確かめるように、新井はそれこそ正真正銘の熱視線を贈る。
「……んだよ」
「いえ、何に見えるかなと思って」
「んなもん、人の顔じっと見ててもわかんねぇだろ」
「たしかにそうですね」
「じゃあ見んな」
 奏は眉間にシワを寄せるが、新井はまったく気にもせずその熱視線を外さない。
 傍から見れば一触即発な雰囲気を醸し出す二人の間に入った修司は、
「か、奏さん、そんな怖い顔しないでください。ね?」
「別に怖い顔なんかしてねぇし。大体こいつが見てくっから……」
「じゃ、あっ! 奏さんは新井さんをなんだと思います?」
 逆に奏に問う。
「新井? あー……新井なぁ……んー」
 しばし考え込んだ奏は、はっと何かを思いついたように顔を上げるとこう言った。
「チンパンジーじゃね?」

 刹那。
 場の空気が凍りつく。

「へ……?」
 修司が素っ頓狂な声を上げて新井と奏を見比べている。
「ぶぅっ!」
 凌は一度噴出したが、その後ひたすら肩を震わせて笑っている。
「チンパンジー以外ねーだろ」
 言った奏は何が悪いんだといわんばかりの顔をしている。
 そして、言われた新井はと言えば。
「……………………あ、あの、奏さん?」
「んだよ」
「理由をお聞きしても?」
 しばし固まっていたが、ようやく喉の奥からその一言を搾り出せた。
「理由? だって、チンパンジーって頭いいんだろ?」
「ああ! だから、新井さんがチンパンジーなんですね!」
「他にどんな理由があんだよ」
「ううん。ないですないです。新井さん頭いいですもんね! よかったですね、新井さん」
「え、ええ、よかったです」
 ほっとした一言を吐き出しながら、修司と奏が話をしているのを横目に新井は凌へ近づく。
「マスター。いい加減、笑うのやめてもらえませんかっ」
「……チンパンジー」
「しつこいですよ」
「チンパンジー」
「……てめぇっ」
 修司が気づかないように笑いが止まらない凌の足を踏んだが、あまり効果がなかったようだ。




2009/11/09 サイト公開


 
 
 

 
 
 

 
 
 

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