E.F.K series

マインド・コントロール 01

 どうやって、ここまでやってきたか正直覚えていない。記憶がないというよりも、あまりに真剣に走ってきたからぼんやりと曖昧な感じだ。
 多分、追っかけられてきたとは思う。どの辺りで振り切ったかも覚えていない。
 ただ、鍵のかかった部屋に担当の医師を呼んで、話をしたいと伝えた後に思いっきり彼の身体を押しのけて走った。
 だって今日で二十歳になる、らしい。二十歳と言えば大人じゃないか。子供のうちはやっぱり大人の言うことはちゃんと聞かなきゃいけない、なんて思っていたけれどもういいだろう。
「自由だ……」
 人の多そうなところを目掛けて走ってきたが、どうやらここは電車の駅のようだ。帰宅時間と重なっていることもあって、人通りが激しい。これに紛れてしまえば探しに来ている病院の人間たちも見つけられないはずだ。
 それにしても、ちょっと目立つ。
 パジャマ姿で駅前をうろうろしているのは、自分ひとりしか居ない。
「んー」
 入院していたところをそのまま出てきてしまったのだから、パジャマなのは仕方がないとしてもどうにかしなければ。どうにかしなければといっても、家への帰り方もわからないし、金を持っているわけでもない。
 考えなしに飛び出してきたのは、やはり間違いだったか。
「いやいやいや、間違いじゃない」
 外で途方にくれているほうがまだまし。あんな「オリ」に閉じ込められてるだけの生活なんて、まっぴらごめん。
 立ち往生していてもしかたがないので、駅から離れてみることにした。思いつくまま気の向くままに歩き始めると、東口にたどり着いた。先ほどよりも人通りが減って歩きやすくなる。
 長い時間走ったせいで磨り減ってしまったスリッパは、すっかり底がめくれ上がってしまってとことん歩きにくい。
 思い切って脱ぐことにした。
「地面、つめて」
 コンクリートがごつごつして、つま先に力が入ったり、かかとに力が入ったり、かなりおかしな歩き方になってしまう。やはり、歩きにくいのを覚悟でこのスリッパを履くべきなのか。
 んー、と悩んで立ち止まっていると、邪魔そうな視線を向けて人が自分を避けていく。辺り一面に冷たい空気を投げつけられているのに、まったく動じずに再び歩き出す。
 慣れればなんてことはない。素足で歩くのも、大丈夫だいじょうぶ。
 大通りから一本横道に入ってみると、そこはいわゆる歓楽街だったようで呼び込みやネオンで賑やかだった。華やかな空気に誘われるように、ふらふらっとそちらに吸い寄せられていった。
 二十歳と言えば大人。大人と言えば酒とタバコ!
 憧れていた世界の全てが詰まっている場所じゃないか。
 ああ、いいな。酒が飲んでみたい。タバコとか吸ってる人かっこいい。
 ネオンに負けないくらいのキラキラな瞳で辺りを見渡しながら歩くパジャマ姿は、あまりにもその場にふさわしくないものだった。そんなふさわしくない者に興味をもつ輩もいる。
「ねえ、きみ」
「え?」
「どうしてパジャマなの? どこかのお店の宣伝?」
 スーツ姿の中年の男が、馴れ馴れしく話しかけてきた。あの「オリ」を抜け出してきてから、初めて他人に話しかけられた喜びで胸が熱くなる。
 思わずにこっと満面の笑みを浮かべてしまったのが間違いだった。
「おれ、これ以外に服も何ももってないから」
「へぇそうなんだ。じゃあ、おじさんが買ってあげようか」
「そんなの悪いからいいよ。でも、話しかけてくれてありがと」
 完全にずれた会話を成立させている二人。一向に誘われているということには気づかない彼は、警戒心もなにもない。
 中年の男にとって、それは好都合だった。
「いいからいいから。気にしないでおじさんについておいで」
「でもほんと、おれ別にこのかっこうでも不自由してないし、へーきだし」
「じゃあ、おじさんとどこか遊びに行こうか」
「あそび? なにすんの?」
「なにって、いいことに決まってるよ。ほら行こう」
 中年の男が強い力で腕を引く。突然のことで逆らえず、足は自然と中年についていくことになってしまった。
「お、おじさん、ちょっと待って」
「へいきへいき。おじさんがちゃーんと君を楽しませてあげるから」
「そうじゃなくて、おれ、もうちょっとこのへんにいたいんだけど……」
 さすがに困った表情を浮かべて、腕を振り払おうと試みるけれどそれも叶わない。ずるずると連れて行かれてしまった先、そこは。
「なに、ここ」
「これからいいことをするところだよ。ほら、おいで」
「いやだよ。なんか変な感じするし」
 やっと離してもらえた腕を自分のほうへしっかり引き寄せて、訝しげに眉をひそめた。辺りの人たちはちらちらこちらを盗み見ているけれど、何かしようとは思っていない。
 どうしよう。