E.F.K series

夜のお勤め
(不満を言う龍太の話)

「おーい、りゅう」
 何度もインターフォンを鳴らすが、一向に返事はもらえない。さすがにこれ以上は近所迷惑かもしれないが、彼にも引けない理由があった。

 週に三度行なっているカウンセリングの日。
 龍太の中に隠れるもう一人の人格と話をしたり、まあ、やりたいことをやらせてあげる日。
 入れ替わっているときの記憶が、龍太にはないため、激しくイヤがるのだが、仕方がないことだ。これをしなければ、何をしだすかわからないのが、現状。
 欲求不満の解消をさせないと、手当たり次第、襲いかねない。
 タズナを握っている巽としては、今日は譲れない日ということになる。
「おい、りゅうってば」
『それ、どっちのことよんでんの?』
「どっちって……お前だけど」
『だから、どっちのりゅう?』
 あー、また始まった。
 頭を抱える巽。
 不安定極まりない存在である彼らは、常に自己主張している。最近は安定していたほうだと思うけれど、何がきっかけで不安が押し寄せてくるかわからない。
 全てを包み込む大きな腕で抱えなければ、すぐにでも崩れてしまう。
「どっちがいい? どっちのりゅうのこと、呼んでほしい?」
 生憎、巽はそんなに優しい人間じゃない。
 むしろ、わざと崩れさせ、袋小路に追い込み、ぼろぼろにさせる。
 そして、そこから自分を救ってくれるものが誰なのかを、本能に植え付けていく。
 ショック療法よりも酷いが、彼には――彼らには、効果が抜群だった。
『え?』
「りゅうが決めるんだよ。さあ、言って。どっちのりゅうを、呼んでほしい」
『巽……』

 インターフォンの通信がぶっつり切れる。
 まあ、どちらが表にでているのかは、容易く想像がついた。

 どんなに、どちらかわからないように話しても、わからないはずないだろ?
 そんなことするのは、お前のほうだから。
 ね、りゅう。

 腕組みをして、廊下の壁に背を預けると、ドアが開くのを待った。鍵は先ほど開けたようだし、スペアキーが手の中にある。
「お前から開けるんだよ。りゅう」
 薄く笑いを浮かべている巽の耳に、一つ足音が聞こえてきた。
「あ、どーも」
「タツミか。すまないが、前を通らせてもらっても構わないか」
「どーぞ」
「失礼する」
 育ちの良さが手に取るようにわかる青年。十代後半で、美男子というにふさわしい彼は、珍しく一人のようだ。
「一人?」
「ええ。柊は風邪のようで、くたばってる」
 ぶっ。
 思わず吹き出す巽。
「私は何か、間違ったか」
「いーや、いーや。どこでそんな汚い日本語覚えたの」
「カナデがよくアライに言ってるのだ。いっぺんくたばれっと」
「くっ……はははははっ! あの人なら、言う。間違いなく言う」
 笑いが止まらなくなるかと思った。
 綺麗な言葉を話しているのに、時として見せる汚い暴言。彼の容姿には似合わないが、このマンションに馴染んでいる証拠なのだろう。
「柊に聞いたが、大人しく眠って、という意味だそうだから、今日の柊にはちょうどよい言葉だ」
「本人にも?」
「くたばれ、と言ってある」
 巽は込み上げる笑いを堪え、肩を震わせた。そんな様子に気づいていたが、スーパーの袋いっぱいにつまった果物を早く届けたいのだろう。
「失礼する」
 と言葉を残し、彼は部屋へ帰っていった。
「あー、やっぱ、王子おもしろー」
 何度思い出しても笑える。くたばれ、なんて言われた相手はさぞ、ショックだったに違いない。気を落としている顔が目に浮かぶ。
 それはさておき。
 気持ちを切り替えてドアを見る。
 まだ、開かない。出てこようとしたが、もしかしたらタイミングを失ってしまったのかもしれない。
 しかし、例えそうだとしても関係ない。こちらから折れてやるつもりなど、毛頭ない。
「……仕方ない」
 大げさなため息一つ。
 靴音を大きめにたて、巽は自分の部屋のドアを開けた。
 刹那。
「巽っ」
「ほい、連れた」
「あ……」
 まんまと騙される。
「こっちおいで、りゅう。怖いこと、しないってわかってるだろ」
「わかってるけど……」
 言動を即座に読み取り、判断する。
 待ってる間に入れ替わったか。
「廊下でカウンセリング始められたくなかったら、早く部屋に入ったほうがいいよ」
「ええっ!」
 ドアを閉めて、鍵をかけて、慌てて巽の部屋に飛び込んでくる。
「よし、いい子。それじゃ、始めるか」
「う……ん」
 不安の色に瞳が染まる。
 その瞬間が、たまらなく好きだ。
「大丈夫。いつも言ってるよね。お前の記憶がないときに、怖いことはしてない」
「そうだけど」
「だけど?」
「たまには、おれにもカウンセリング、してよ。もうひとりのおればっかりじゃなくて」
「なんで?」
「なんでって……それは……」
「それは?」
「おれだって、巽とイイことしたい」


 身体は一つだから、間違いなく片方の相手をするだけで満たされているはず。
 でも、心が満たされないと言うのなら――


「……今日は寝れない、か」
「ん? なに?」
「いーや、お前には関係ない。ほら、始めるよ。カウンセリング」
「あ、うん」


 とことん、可愛い彼らに付き合いましょうか。




2007/06/13 サイト公開


 
 
 

 
 
 

 
 
 

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