E.F.K series

ペットな恋人? 02

 奏は一向に進まない話し合いに少々いらだちながらも、思考を巡らせた。自分のマンションのことなのだ、当然といわれれば当然だが、正直、なぜ俺が、という気持ちもある。
 この厄介ごとを持ち込んだ張本人をにらみつけてみるが効果はない。
「大体、梓馬が次の部屋見つかるまで、面倒みてやったらいいんじゃねーの? お前のダチなんだし」
「あの部屋で誰かと暮らせって言うんですか? 勘弁してください」
「自分で面倒みれねーなら、連れてくんなよ」
「じゃあ先輩は、目の前で困ってる友達、放っておけるんですか?」
「時と場合によるな」
「ホームレスになりかけてる友達と遭遇しても、放っておきます?」
「……あー、もう、わかったって」
 二人のやり取りを黙って聞いていた恒が、「クロードさんってホームレスなんですか?」と疑問を投げる。
 呆れた表情を浮かべながら、奏は「なりかけてたんだ、って言ってるだろ」と答えた。
「これ、ホストやってる小田切っていうんだけどな。クロードをここに連れてきたのはこいつなんだよ」
「そうなんですか」
「ここに入居させんのはかまわねーんだけどよ、クロードはゲイなんだろうな?」
 根本的な確認をしていなかったようで、今更な質問を投げかけている管理人。
 少々戸惑いの表情を見せ、小田切はこう言った。
「飼ってる犬は、オスですよ」
 場が、凍る。
 頬を引きつらせた奏は、音を立てて立ち上がりながら大きくかぶりを振って
「梓馬、てんめぇ、ふざけんなよっ! 変な想像しちまったじゃねーか!」
 勢いよく叫んだ。
 それにびっくりしたのか、子犬がまじまじと奏を見つめている。同じように、恒も目を丸くして見つめてしまった。
「び、びっくりしたぁ」
「あぁ、わりぃ。でけぇ声出して。お前もな」
 子犬は乱暴に頭をなでられて「ウー」と抗議の声を上げた。どうやら、奏はあまり彼に好かれていないらしい。
「とにかくだ。事情はわかってくれたか? 春日」
「はい。住む場所がないクロードさんと、そろそろ住む場所がなくなるおれと、どっちもこのマンションで暮らしたいって思ってるんですよね」
「……ん? そろそろ住む場所がなくなる?」
「うん。おれ、今のアパートあと何日かで契約切れるんです。更新の手続きしてないし、次に入る人決まってるから、すぐに出なきゃいけないし」
「はぁ! まじかよ。次に住む場所決めてから、契約切れよなぁ」
「ははは、ごめんなさい」
 苦笑しながらの謝罪は欠片も誠意を感じなかったが、憤りは生まれない。奏を襲ったのはこの上ない脱力感だ。
 呆れられたことを悟った恒だったが、今更どうしようもないことなのでそのまま笑って誤魔化すことにした。
 彼は真剣に悩んでくれているようだ。先ほど会ったばかりの素性も知らない二人の男のために。
 相当なお人好しでないと、こんなことはできない。でもそこに、多大なる好感を覚える。
「最初に言おうと思ってたんだけどな、とりあえず提案だけはしとくわ」
 どちらかに諦めてもらうか、この提案を呑んでもらうかしか方法はない。
 何を言われるのかわからずじっとこちらを見つめてくる二人の視線を受けながら、奏はためらうことなく口にした。
「よかったら、シェアしないか? 二人で」
「え……?」
「あいにく、他にシェアしてくれそうなヤツは今住んでるのの中にはいねーし、誰かが住んでる部屋に世話になるのは気が引けるだろ? 梓馬が面倒見ればいいんだろうけど、しねーっていうし」
 良い返事など期待していなかった奏だが、答えはすぐに返ってきた。
「おれは構わないですけど、クロードさんは?」
 クロードはみなの視線が自分に集まったことに気づいて、うつむかせる。それは、否定の現れかと思ったが。
 ぐいっと差し出された子犬が嬉しそうに声を上げる。恒に向かって。
「ん? どーした?」
 呼ばれているように感じて、恒が顔を近づけると顔全体を舐め回してきた。
「わわわっ」
「……ヨロシク」
 初めて声を発したクロード。
 てっきり日本語ではない言葉が発されるのかと思いきや、しっかり聞き取れる日本語だった。
 ただ、それ以上のことを口にしないところを見ると、あまり得意ではないのだろう。
 そもそも、奏の話は理解できているのだろうか。
「決まりだな。クロードはとりあえず荷物も持ってるし、すぐにでも住みはじめちまえ。春日はどうする?」
「おれ、荷物運ぶ予定組みます。なるべく早くこっち来たいし」
「りょーかい。とりあえず、二人ともこれだけは書いてってくれ」
 入居の契約書を二枚テーブルの上におくと、奏は安堵する。
 入居希望者が重なってしまうことはよくある話だが、鉢合わせないように普段は気を使っていた。
 そうでなくとも特殊な空間であるこのマンションだ。入居希望者同士が顔を合わせて、後々のトラブルにならないとも言い切れない。今回のようにうまくいく可能性のほうが低いのだ。
「それじゃおれ、家に戻ります。早めにこっち移ってくるんで、それまで勝手に部屋を使っちゃってください」
 先に書類を書き上げた恒はクロードへ手を差し出しながら伝えた。
 言葉が通じていないのか、きょとんと見上げてくるクロード。代わりに、膝の上に居た子犬が答えてくれる。
「きゃん!」
「あははは、お前もまた後でな」
 奏や梓馬に軽く頭を下げて恒は管理人室を後にした。もう少し、奏やクロードと話をしたい気持ちはあったが、それは引っ越してくればいくらでもできる。今は、自分の荷物をさっさとこっちに移してしまうほうが先だ。
 帰り道の足取りは行きよりももっと軽かった。
 シェアになってしまったとは言え、憧れのマンションで暮らせるのだ。しかも、シェアの相手は――言葉は通じないかもしれないけれど、動物をとても可愛がる人だ。悪い人なはずがない。
 綺麗な人だった、と改めて思う。部屋の照明にも輝く長い金髪に、透き通るような碧眼。白い肌とよくマッチしていて、強く印象に残った。
 電車の中でぼーっと流れる景色を見つめながらクロードのことを思い出していると、最寄り駅を通り過ぎそうになってしまう。
 慌てて電車から降りた。
「仲良く、できるといいな」
 できるといいなではない。
 できる。
 大丈夫。
 こんな風に自分に言い聞かせるのは昔からの癖で、こうすると不思議に心が落ち着いた。そして、なんでもできる気になった
 だから今回も大丈夫。