E.F.K series

ウィークエンド:ラブ 01

「先生、困るよね?」
 思ったよりもずっと冷ややかな声が出て、自分自身が一番驚きを覚えていた。こんなにも冷淡にしゃべることができたなんて、知らなかった。顔には出さないよう極力注意しながら、耳に返ってくる心音がうるさくて嫌になる。
「あんなところに住んでるの、学校に秘密なんだろ?」
 わかっている。こんなことは、キャラじゃない。もともと引っ込み思案で、すぐに親の後ろに隠れたがって自己主張なんて一つもしない自分のような人間が、誰かを脅すようなことを言うなんて思いもしなかった。
「確かに。保護者にばれたらいい顔はされないな」
「だったら、黙っててあげるからオレの言うこと聞いてよ」
 両親の元を離れて日本で暮らし始めてからというもの、自分の身には今まで考えられないようなことがたくさん起こった。だから、こんなことを言う勇気がわいたのかもしれない。
「さすがになんでもとは言えないけど、どんなことか言ってごらん」
 こんな勇気は明らかに間違っている。
 しかし、その間違った勇気に背中を押されて、自然に口を割ったのは慣れ親しんだ言語だった。

「Make me your lover.」

 落ちかけた陽が射し込む、英語科準備室で静かに響いた流暢な英語。その意味を理解した男が、目を見開いてまじまじとこちらを見つめてくる。
 呆れられた、だろうか。
 まぁ、普通に考えてそうだろう。こんなことを言い出すなんて間違っている。
「何を、言って」
「冗談じゃないよ。先生、あんなとこに住んでるんだから、ゲイなんでしょ?」
 いつ、誰が入ってくるかもわからない緊張感で手が震えている。こんなことを言い出して教師を本気で怒らせたらどうしようと、足も震えだしそうになった。
「オレ、昔から男の人にばっかり好かれててさ、自分でもよくわかんなくなってきたんだよね」
「杉山……」
 けれど、表情と声音だけは揺るがないように必死に我慢する。ここで逃げ出したら、今までの自分と何も変わらない。
「初めて好きになった人も男の人だったし」
 強くなると、心に決めた。両親の加護を離れて一人で生きていくためには、そうならなければいけないと学んだ。
「自分がゲイなのか、それともあれだけが特別だったのか」
 口元に浮かべた笑みが、ここまで強くなれた自分を表している気がした。
「ねえ、教えてよ」
 ようやく、目があった。
 彼と二人で話を始めてからずいぶん時間が経っている気がするが、視線が交わったのはこれが初めてだ。
 今までずっと、顔が上げられなかったのだから当然と言える。
 しかし、ようやく見つけた彼の表情は、期待していたソレとはまったく違うものだった。
「杉山は、俺でいいのかな?」
「え?」
 むちゃくちゃなことを投げかけているはずなのに、教師は怒った顔も、困った顔もしていなかった。ただ落ち着いた様子でまっすぐに言葉を受け止めてくれている。
「杉山にとってこれはとても大切なことだろう。そんな相手が先生でいいのか?」
 そこに座っていたのはまさしく教師だった。初めて彼と出会ったときに感じたやわらかい印象はどこにもない。過ちを犯そうとしている生徒を、正しい道へ導く教師の姿に落胆する。
「別に、オレは自分の性癖がわかれば相手なんて誰でもいいし。こんな状況になってさ、ちょうど条件が揃うのが先生だったってだけ」
 これ以上視線を合わせることができなくて、再び俯いてしまった。
「だから先生との関係だって、オレがゲイなのかどうかわかるまでで――」
 そんな生徒の顔を上げさせるように、頬へと伸ばされた教師の手。包み込まれる温もりに身をゆだねそうになりながら、視線が今一度交わったそのとき。
「っ!」
「週末だけの恋人だけど、いい?」
 教師の顔を捨てた男の姿をソコに見つけた。
「生徒との恋愛はどんな事情があっても犯罪だから、学校ではそういう扱い一切できない。週末だって、うちで会えるだけだ。それで、杉山のお願いを聞いたことになるか?」
「……せんせ、本気なの?」
 思わず確認をとったことを笑ったりせず、ずっと真剣な表情を浮かべる男。
「ああ。もちろん」
 初めて会ったあのときと同じ優しい微笑を見つけて安堵した。
 刹那。
「そうしないと、俺がゲイだってことを学校にばらされるからな」
 ぎゅっと胸が締め付けられる。
 当然だ。
 もともとこちらからそうなるように仕向けたことなのだから、ここで傷つく必要は無い。揺らぎそうになる自身の弱さを叱咤して、決してそれを悟られぬように口元に悪戯な笑みを浮かべた。
「交渉、成立だね」
「ああ」
 あの日と同じ暖かな腕に包まれる。
 泣きじゃくる心が落ち着くまでそうしてくれたように、今も抱きしめて頭を撫でてくれる。
 誰でもよかったなんて嘘だ。この温もりをもう一度自分に向けてほしくて、こんなむちゃくちゃな脅しをかけた。
 絶対に受け入れてもらえないと思っていたのに、男はあっさり了承した。
 ――自分の身を守るために。
「今週末から先生の家、遊びに行っていいの?」
「ああ。土曜日でも日曜日でも、時間もいつでもいいよ。休日は、ほとんど部屋にいるからおいで」
「じゃあ、土曜日から行って泊まろうかな」

 ここに、可笑しな勇気を胸に脅しをかけた生徒とそれを快く了承した教師の、間違いだらけの契約が結ばれた。